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その三十九

 週末、拓海何もできていない。体調が悪いわけではない。普段しないこと、言わないことを言った反動だと考えている。ただ休みが欲しい。この週末も美咲は仕事で忙しい、ある意味拓海としては助かっていた。

 日曜の昼過ぎ、拓海はやっとベッドから起き上がった。やることは決まっている。外に出て、カロリー高めの食事を摂り、しばらく周りを見ながら歩くだけだ。蕨に着いた時に、気分が良ければルートCAに立ちよる。

 半袖まじのTシャツ、明るいデニムを履いて、小さいカバンに荷物を入れ込んで一階に降りる。


 「今日も遅いじゃん、出かけるの?」

 「うん、夕食はいらないと思う」


 リビングです美月と軽く話してメガネをグラサンに変えて外に出た。夏の真っ最中で天気はとてもいい。この季節くらいになると少し遠めの公園で花火大会あることを思い出す。もちろん見に行く気力はない。

 まずは大した意味はないが、浦和警察署に向かってあるく。美咲に会いに行くわけではない。ただのストレス解消のためだ。彼は疲れていると放浪するようにしている。昔のエスキモーがやっていたように、心が沈むまでの歩いて、帰ってくることで自分を見つめ直す。

 歩きながら先週木曜に黒川との話を思い出す。会社の個人チャットでの質問がすごかったので、個別に報告に向かい、どんな会話をしたか伝えた。


 「理沙ちゃん、どうなると思う?」


 そう聞く黒川の目は少し揺らいでいる。彼もまた不安なのだ。目にかけている後輩が、消えていくのはどうしても残念なことではあるからだ。


 「誰かの助けは必要ですよ」

 「お前は…もうしないんだろうな」

 「はい、しません」

 「やっぱ早川か?」

 「いいと思います。彼も彼なりに考えているみたいだし」


 黒川の苦くなる顔が拓海の言葉に少し明るくなる。拓海はまた言葉を添えた。


 「水野さん、思ったより慕っている人が多いみたいですよ」

 「じゃ、任せておくか」


 黒川はそう言って少し考えた。本来であれば彼女自身の力で立ち直って欲しいところではある。黒川に報告している拓海はその点ができる人だった。だから、隣に置いていたし、水野にも同じことができてほしいのだ。


 「佐藤さん、こんなところに」


 拓海は浦和警察署の近くまで行くと知り合いに声をかけられた、佐久間だった。拓海の頭の中では最近妹がお世話になっている。しかし、特別な関係ではない人。そして彼女の後輩でもあった。


 「こんにちわ、忙しそうですね」

 「ちょうど今日、花火があってみんな追われています」


 今日だったのかと拓海は思う。美咲は仕事の話をあまりしないから、彼女が何で忙しくて、今日仕事で何をしたかはあまり知らない。それは基本、美咲から見た拓海も同じであった。


 「東雲さん、今出ているので署にはいませんけど」

 「大丈夫です。会いに来たわけではないので、俺ん家近所なんですよ。歩いていたらたまたまって感じですね」


 佐久間は理解ができたように頷く。それからなにか言いたげそうな顔をして拓海を見たが、なかなか言葉が出てこない。拓海はなんとなくわかる気がした。


 「美月は、あまり変わらずですよ」

 「あ…よかったです。最近全然タイミングが合わなくて、ちょっと怒らせた感じがしたんで」

 「別に恋人じゃないでしょう?そんな難しく考えなくていいと思いますよ」


 その言葉に佐久間は少し複雑な顔をする。その顔で考えている内容も推察できる。佐久間としては美月との関係性が不慣れに違いない。自分の妹ではあるが、なかなか型にはまらない人であると認識している。それがこの型のような人としては、見えないところが多いはずだ。しかし、それについて拓海が口出すつもりはない。美月は美月、拓海は拓海だったから、少しひどく言うと関係ないと思っている。


 「あまりおしゃべりしちゃいけないでしょう?行ってください。美咲には俺に事言わなくていいので」

 「気遣いありがとうございます。では」


 佐久間は礼を言って署に入っていく。拓海はまだ歩き出した。とりあえず南下して行こうとする。

 韓国でのことら拓海としてもやはりいい記憶ではなかった。言わなきゃいけない、ここまで伸ばしてきたのは自分のせいでもあると認識をしていたからだ。

 美咲が隣に立った時点で、より明確に線を引かなきゃいけなかったと思っていた。それをダラダラと、見ぬふりをして、仕事としてうまく回っていればいいと置いていたからついに早川も要求してきたと考えた。

 

 (水野さんにも、美咲にも失礼な事を言った)


 あの時、自分でも嫌悪感を持ちながら放った言葉は、絶対美咲が聴く事がなかったとしたも罪悪感として彼の中に残っている。


 (本当にそう思うなら、別に今からでもいいよ)


 我慢な、醜い言葉かと今でも思っている。水野の気持ちを、今まだの努力を無視し、美咲にはまるで自分が選んでやったとういうような言葉だった。自分がそんなこと言える立場でないことはわかっているのに、もっと器用なやり方はなかったのかと後悔している。

 拓海は昨日の夜、眠れない時に以前七海から言われた事を思い出していた。自分を削る、今の自分に最も似合う言葉だと身をもって知った。確かにその日、まともに眠ることも出来ずに、我慢もできずつい翌朝早々、美咲に電話をして慰めてもらった。七海が心配していた通りのことが実際に起きてしまったんだ。なんと情けない事をしたんだと後悔した。

 国道17号沿いを歩き、ゆっくり南下する。なかなか食事処を見つけられず武蔵浦和駅付近を通って降りていく。拓海はやっと1人でも入れそうなステーキ屋を見つけて中に入る。とりあえず高いものを頼んで、待ちながらスマートフォンを開く。


 【今週は台湾にいる。帰り際にそっち寄ろうと思うけと、来週の後半とかに黒川さんに会えるか?】


 金曜日に届いたショーンからのメッセージ、返す気が起きなくて放置していたものに返信を書く。確認はちゃんとしてあった。


 【黒川さんはオッケーって言ってたよ。どのくらいいる予定だ?】

 【遅いな〜今からフライト調整だけど、多分、木曜の夕方について、土曜の夜にには日本から出ると思う】

 【了解、決定したら教えて】

 【後、理沙にも会いたい。渡すものがある】


 ショーンの返信は早かった。

 拓海としてはそんなことより、なぜこの人から水野の名前が出るのが気になった。確かにこの間のサンディエゴで一つお願いをしたが、名前を呼ぶ間柄になるほどの内容とは思えなかった。

 

 【彼女は体調不良で休んでるたから、今度確認しとく】

 【ロボットは病気じゃなくエラーだよ】


 笑うスタンプもついてきた。彼のジョークに今の拓海は正直笑えなかった。エラーって上手い事を言ったとは考えた。仕事を頑張ってきた水野しか知らないなら正しい表現かも知れない。

 いつのまにか拓海の前に届いたステーキを大きく切って口に放り込む。それらを噛みながら琢磨はメッセージを打つ。


 【俺もエラーであってほしい】


 自分自身こともだ。しかし、拓海の場合はエラーではない。自分で認識した上で取った行動だ。拓海はまだしも嫌悪感が体を走る感じがした。急いで肉を放り込み、一緒に頼んだコーラーで流す。

 溜まっていた他のメッセージも見ていく。広告、クーポン、よくわからないものが届く。彼の誕生日も近かったので、やたら届いている。

 食事を終えた拓海はまた歩き始めた。食べすぎと思ったのだ急足で動く。腹が満たされたせいか、流したコーラーのおかげか、少しネガティブな思考からは離れた気がした。もちろん罪悪感が消えるわけではない。

 

 「お帰りなさい、頑張ったね」


 韓国からの帰り日、拓海は美咲の家に帰った。スーツケースを持って玄関に立つ彼を美咲は何も聞かずにすぐ抱きしめてくれた。風呂上がりの、温もりある香りが拓海を安心させた。

 でもそこで拓海が罪悪感を述べることはできなかった。その時は安心感と一緒にいてくれるありがたさに浸っているだけだった。

 拓海は買ってきたお土産を渡したら彼女は純粋に喜んでくれた。拓海がお風呂を借りてから上がったら、お土産に入っていたマスクパックを美咲がつけていて、拓海にも強制的に一枚付けさせられた。


 「それで、宮原さんがー」


 それから2人はしばらく、ベッドに足を乗せてラグが敷かれている床に横になった。その間美咲は楽しかったことや面白かったことをずっと話していてくれた。拓海は特に自らは話さず、彼女の話を静かに聞いていた。張っていた緊張感が消える気がしたのだ。

 美咲は拓海が少し眠そうにしていると自身と彼のマスクパックを取り、早くベッドに入るように促した。

 部屋が暗くなり、いつもの如く美咲は拓海の腕枕に頭をおいた。いつもと違うことがあるなら、美咲の左手が拓海の胸に置かれて遅いテンポでトントンと動いていた。


 「ごめんね、あまり力になれなくて」


 その言葉を最後の拓海は眠ってしまった。

 朝起きると拓海は一人で、ダイニングの方で物音がしていた。部屋から出ると、あらかた出勤の準備ができている美咲が軽めの朝食を作っていた。

 拓海が挨拶代わりに後ろから抱きしめて甘えた。彼女からは落ち着く香りがした。美咲が微笑んで支度するように拓海に話す。

 準備ができた拓海が食卓に座るとインスタントのコーヒーを出しながら会話が始まった。


 「スーツケース置いていく?」

 「持って行ってコインロッカーとかに置いておくよ」

 「鍵、渡そうか?家に置いてもいいですよ?」

 「鍵は欲しいけど、遠慮なくになりそうだからやめておきます」


 淡々とした拓海とは違い、美咲は少し拗ねた顔になる。自分達くらいの年齢のカップルだと合鍵を渡す事は普通だと聞いているのに、拓海は頑なに鍵は受けとらなかった。それが美咲としては少し寂しい。一方拓海としては入り浸りになりそうな気がしたから断っているだけだった。‘いずれはもうちょっと違う家で’という気持ちもある。

 

 「2LDK以上は欲しいよな」


 拓海は蕨駅までに来てしまったが、まだ夕方にもならず明るい。拓海は駅前の不動産で部屋のチラシを見てみる。なんとなく最近の趣味みたいなものになりつつある。これと思う物件は見つからない。

 チラシを戻して拓海はまた歩き出した。ルートCAに行く気持ちにはならない。以前美咲といったレトロカフェとかとも思ったが、少し考えて、浦和駅に戻ることにした。

 拓海は歩き出してこれからのことを考える。

 明日会社に行くと水野はいるはず、彼女にはもう完全に同じ研究者として接する。人としての隙はもう与えない。大きな方針が決まると細かな事は、あらかた決めてくる気がした。少しドライな空気感に黒川が寂しがるかも知れないが、今拓海が選びたいのはそういう事だった。

 美咲とはやはり一緒にいたいと彼は思った。美咲も同じでいてくれて、支え合えていると信じている。2人ともこういう関係に慣れてなくて、遠慮しているところがあったが、それはもうやめた方がいいと思っている。手始めに、ショーンにでも会ってもらおうかと拓海は考えた。

 拓海はスマートフォンを取り出し、美咲にメッセージを入れる。


 【美咲をもっと大事にしたい、やっぱり鍵もらえる?】

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