その三十五
「宮原、花火の件、地域課と整理できているか?」
「できてます」
署内で飛び交う声で、宮原は自分の名前が呼ばれるとPCから目を一瞬外して、大きく〇のポーズをとりながら声を出した。
8月、毎年大間木公園で行われるさいたま市の花火大会の事である。浦和警察署の周辺で過去から行われていたもので、今や埼玉県警察本部と浦和東警察署がメインの対応になっているが、周りの警察署はすべて協力体制で挑むことが通例になっていた。
各最寄り駅と道路のコントロール、仕事内容をかみ砕いていくと、交通課と地域課の仕事である。大型な指針は届いているので、微調整が済めば内容は終わることであった。
「真紀さん、私と463番線の越谷街道でいいですよね」
「早乙女…それもう3回目の質問」
近くに座っている七海が声をかけると宮原があきれた顔で回答する。七海の意図は宮原と指定は理解している。その部分を担当したくないという小さい反抗だ。浦和署の人ならだれでもわかる込み合う道、さらに込み合うネタがある日にわざわざやりたくはないのであった。
「いいな~私も浦和駅で陣取りしたかったな~」
「地域課は地域課の苦労がありますから、あんま大きな声で言わないでよ」
七海は思う、牧野班とかはみんなてきぱき仕事をしていて、下に美咲や佐久間みたいな者がいれば、どれくらい楽かなと。交通課にもなかなか人が入らないのが彼女としてはつらいものだった。
「こうだから昨今の若者バイク離れは!」
宮原が七海の言葉を聞き、また変なことをしていると考えた。わめく七海を無視して席から立ち上がる。コーヒーでも飲まなきゃ集中力が切れそうだったからだ。油断するとすぐ声かけられそうだったのですぐオフィスを出て、自販機に向かう。そこには刑事課の人が何人か経っている。
「あ、ちょうどいい。先帰ってくれ、宮原さんと話してから戻る」
その群れには高瀬もいた。彼は仲間に話して宮原が来るのを見る。
彼はを見かけた宮原は少し笑顔になり、自然に隣に立って飲みの野を選ぶ。そろそろ糖質と脂肪は控えたいところだが、糖質が必要なは違いない。宮原は右手を高瀬に伸ばす。高瀬は当然のように小銭を渡した。
「前、回してくれた件、整理付いたよ」
「そうなんですね。短い間にすぐつかめましたね」
「うーん、あのバスローブのやつ覚えている?そいつとつながりがあって、意外とあっさり」
宮原は少し驚き自販機から微糖コーヒーをとってから高瀬に振り向く。
「なんか映画みたいなつながり、大事件になります?」
「ならない。なる前に大体潰した」
「あっそう、つまんないね~」
「そんなことより榊原警視、OKしてくれた?やっぱりダメかな?」
コーヒーを開けてから一口飲む。高瀬の声に少し焦りがある。
こちら側ととしてもそろそろ決めないと、業者に迷惑がかかるからだった。
「今朝、3度目の再プッシュ、熟考の末、OKいただきました!」
「よっしゃ!」
宮原と高瀬はなれた手つきでハイタッチをする。高瀬は合気道同好会でもそうだが、普段から榊原を尊敬したいただので、この話が通ったのがとても嬉しかった。
「あとは誰まで呼ぶかだけど〜」
「それは家で話そう?私が行こうか?」
「いや、俺が宮原さんの方に行く」
宮原はオッケーのサインを出す。そうすると高瀬は何食わぬ顔で手を振って刑事課に戻っていた。
誰にも明かさないまま、こんな付き合い方を始めて、あっという間に2年、2人は将来を見ている。
…
…
…
今日予定していた打ち合わせが終わった。取引先は一旦オフィスに戻り、会議室にはタックさんと私しかいない。
彼は会議室から見える仁川、松島の写真を撮っている。ここは見晴らしがよく、ガラス張りになっていて初めて来る人はみんな写真を撮るらしい。
私も昔初めて来た時に写真を撮った。
「普段はそうでもないのに、出張だとすごい写真撮るんだね」
「そうですか?あんまり意識した事ないですね」
彼はそう言いながら空港方面を見る。
打ち合わせはスムーズだった。タックさんの件も自由に意見交換ができて、私の方も順調であることがわかって安心した。
「余裕だっだでしょう?」
「相手側に日本語できる方がいると確かに楽ですね」
「英語でもいいですけど、私の場合細かな読み取りが難しくて」
「参考になりましたよ。このあとはいつも決まって店で?」
この取引先をメインでやり取りしているのは綾子さんと私、タックさんはこの会社にも、韓国にも詳しくない。
私がちゃんとリードしないと。
「そうです。多分食事中にタバコとかも誘われます。最近私も覚えたので、1人にはしないんでご心配なく」
「あ、そうなんですね」
うん?それだけ?
彼は荷物を纏め始めた。
タバコはやはりマイナスのイメージかな?
まぁ、とりあえず念押しを全てしておこう。
「タックさんは妙な店にも呼ばれるかもしれませんが、私の方でうまく言っとくので、ついて行かないでくださいね」
「爆誕酒でしたっけ?ルームでの接待がすごいと聞きましたよ。まぁ、あんまり興味ないですけど」
この安心感がある返しがいい。
以前黒川さんの時はどれだけ辛かったか。お店のお姉様の間に挟まって居心地悪かったことを覚えている。
でもタックさんならその心配もない、食事を終えて無事ホテルに戻ればオッケー。
できればホテルのバーとかで反省会とかしてもいいけど、それは明日かな?
「そういえば最終日、別の予定入れちゃってごめんなさいね」
「あ、大丈夫です。水野さんも仕事あると思うので、こちらは学会で知り合った人と雑談するだけですし」
彼はそう言いながら私を見る。いつもの余裕のある感じがした。慣れてない国でも、自信が劣らないのがすごいと思う。
「そう、今日夜早く終わったら、ちょっと夜に観光します?」
「いや、明日朝ちょっとホテル周りを走りたいので夜遊びは大丈夫です」
前にも思ったが、この人はちゃんと自己管理ができる人なんだ。この間のベトナムでひなちゃんとたらふく食べて、飲んでいた私が情けない。
その走り、私も付き合おうかな?
「どのくらい走るんですか?」
「うーむ、1時間くらいですかね?地理もわからないから何キロとは、決められませんし」
「私もできますかね?」
「え、そもそもシューズ持ってます?」
あ、確かにない。
この手は無理か、そもそも得意分野じゃないし。
うーん、タバコは結構使えるやつだと思ったけどね。
「こっち来てますね。出る準備しましょう」
タックさんの言葉に私も帰り支度をする。
一旦食事で楽しく話すんだ。
明日もある!
…
…
…
「本当にあの写真はね、破壊力ある」
品川の居酒屋に、黒川、早川、西村が座っている。連休明けが寂しいと言ってる黒川に、若い衆が付き合ってあげているのだった。
「でしょう?このキメ顔の理沙さんがすごい好き!」
西村の言葉に早川は煙て回答する。西村が一瞬睨む。
「そんなんだから理沙さんに男として見られないんですよ!」
「え、なになに?れんれんは理沙ちゃんのことおちゅき?」
早川は深くタバコを吸い、横を向いて煙を吹いた。ベトナムで西村が余計な探りを入れたことを知ったのでイライラしている早川だった。
「男として見られなくてオッケー。あと、探らなくていいって話、したよな?」
「興味あるから仕方ないじゃん!」
「はぁ〜お前ら、またその話か」
黒川は呆れたように2人を見る。早川が何か言いたげに黒川を見る。
「あのね〜あの2人はね、複雑なのよ」
「なら放置しないでくださいよ」
「してないよ?結果、遅かったけどね」
黒川も一瞬苦い顔を見せる。その様子で今日なら黒川がいろいろ教えてくれそうな気がして西村は気になっていたことを聞く。
「黒川さんはいつから気づいたんですか?」
「え?最初に決まってるじゃん。今まで何組の社内恋愛見てきたと思うの?」
「最初ってアメリカでですか?」
早川も気になり出し質問を入れる。
「お前らガヤガヤ言ってる割には何も知らないね〜」
「たがら教えてよ、黒川先生〜」
黒川は早川にタバコを渡すように手で指示する。早川は素早くスティックを入れ替え電子タバコを渡した。一口深く吸う。
「理沙ちゃんはね。最初から惚れてたよ」
その言葉に、早川と西村は互いを見つめる。あんなにライバル視していたのに?っと疑問が湧く。
「タックを会社に入れる面談したのは俺って知ってるよな?」
「はい、お偉いさんが分野近いからって」
「その時に会議室までの案内と見送りを理沙ちゃんにお願いしたんだ」
「あ〜なんか聞いたことある。拓海さんが人事部が対応してくれないから零細企業かと思ったってやつだ」
「その時さ、会議室にタックが入って、面談始めるのに理沙ちゃん普通に端っこに座るのよ」
ここまでは普通にあり得る話だと思う2人。
「なのに、面談中は何も喋らずにずっとタックのこと見ているの」
「ちょっとそこからだと一目惚れって飛躍しすぎじゃないですか?」
早川が我慢できずツッコミを入れる。黒川はその声に煙を吹いてから早川の顔に指差しながら話す。
「理沙ちゃんが自然に笑うところ見たことないでしょう?」
「そうですね。あんまり笑わない印象で」
「理沙ちゃんが自然に笑うの、あれが初めてで最後。俺あの子と6年くらい仕事してるんだよ!」
水野はできた大人で、社会生活的なものはうまくやっている。笑うのもお付き合いもできる人だ。そんな人が自然に笑みを浮かべてずっと見つめる。この一年ちょい、水野を近くで見た西村としては納得してしまった。しかし、続きの疑問がある。
「なら、なんで今まで何もなかったんですか?」
「理沙ちゃんはね、自分に気づく余裕がなかったと思う」
「自分の感情をってことですか?」
「そう!彼女には周りからの期待もあったからさ、気づいたら入社したタックと競ってたんだよね。理由なんて理沙ちゃんもまともにわかってないと思うよ」
「なんか嘘くさいなー」
「要因はあるよ。知りたい?」
早川と西村が同時に首を縦に振った。
「タックがね〜人の気持ちとか、距離感取るのがうますぎるのよ」
「拓海さんが意図的に調整したってことですか?」
「俺はそう見てるよ。この距離感なら仕事の協力者としてうまくやれる距離感だなって言うところでずっと2人は接していたんよ」
「理沙さんにはできないですね。決めたら一直線なので」
黒川は深く頷き、最後の一口を吸って電子タバコを早川に返す。彼はデバイスを受け取りながら、一瞬拓海にお願いして正解だったか不安になってきた。
「だから最近タックが少し緩くなってたからさ、ちょっどいいと思ったら、まさか違う女で変わったとはね~」
黒川は後悔するように呟く。そして思いついたように早川を見る。
「まぁ、理沙ちゃんになんかあったられんれんがなんとかしてよ。お前好きなんだろう?」
「違います」
早川は素早く回答した。それとこれははまた違う問題だと感じているし、今の彼は水野に対してそのような感情を持つことはできなかった。
「もし理沙さんになんかあったら、どうするんですか」
西村が心配そうに黒川に聞く。傷心のことだった。
「心配はするけど、どうもしない。大人だからね」
「…冷たすぎますよ」
早川がクレームを入れるように話した。それに黒川は残念そうに笑いをこぼしながら話す。
「研究者は結局1人の仕事なんだ。仮説も、立証も、こだわりも、自分でやらなきゃいけないんだよ。仲間や家族、友達にも、理解されない領域がある。そういう職の人はね、自分で自分をメンテできないとさっさと辞めたほうがいいんだ」
黒川の暖かみがある目線で冷たい言葉を早川と西村に届けた。早川は背筋が伸びる気がした。久しぶりに見る黒川の真面目な顔だからだ。




