その三十四
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よくやったと、思っていたのに…
どうも失敗したしまったようだ。
布団を頭まで被り、拓海の電話での言葉を思い返す。
『ちょっと要領悪い人と思ったみたい』
なんであたしは注意を優先してしまったんだ?
仕事中だったからだけど…
もっと違うやり方をなんで思いつかなかった?
拓海を見かけてテンション上がってたから?
今回変な誤解してないから?
『姉は厳しめだから気にしなくていいと思う』
慰めのようなその言葉がなおさら辛い。
せっかく美月ちゃんとは仲良くできたのに、これで台無しになりそう。
どうしよう…
携帯にメッセージが入る。
真緒さんからだった。
【今日伸也さんとちょっとしたレストランで食事をしました。ちゃんと向き合いたいと話してくれました。応援ありがとう。これからはお義姉さんに支援をよろしくお願いします】
可愛いわんちゃんのスタンプ付き。
今日そういう話をしたんだ。
元から心開いていたから、あたしの応援はあまり力になってない気もする。
しかし、お義姉さんと名乗るのは早い!
【おめでとうございます。兄は一度決めたら変なことしない人だと思います。こちらこそ無愛想な兄をよろしくお願いします】
【そこら辺は大丈夫です!次の目標は1年内に入籍です!これからは結婚情報誌を食卓に置きたいと思います!】
【ほどほどにお願いします】
【私たちが先やらないと美咲さんもやりにくいでしょう?】
そのメッセージに指が止まってしまう。
今日のことがなかったら喜んで回答できるのに、なかなかいい返事が書けそうにない。
【こちらはお気にせず。兄とペース合わせてくださいね】
当たり障りない回答になってしまった。
そのメッセージに真緒さんはありがとうと言っているわんちゃんのスタンプを送ってくれる。
結婚、拓海はどう思ってるのかな?
したら彼の実家に住むの?
仕事は継続したいけど…
「…ダメだ、寝よう」
ネガティブな方向での妄想がくり広がることを感じる。これ以上1人で考え込むと良くならない。次拓海にあったらちゃんと由佳さんのこと聞いてみよう。
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「え、拓海は?」
「美咲さん会いに出かけた」
お盆休みの日曜日の昼過ぎ、由佳は最後に実家のお昼を食べてから出発しようとした。食卓に着くと、拓海の席が空いているので確認する。
回答を聞いてから由佳は興味ない顔で味噌汁をすする。
「姉ちゃん、美咲さんの事イマイチだと思ってる?」
「ううん、別に。しっかりしてる子だったし」
「でもなんか要領悪そうってお母さんに話してたじゃん」
「要領が悪いっていうか、お堅いっていうか」
由佳の回答に美月は不満げな顔をする。由佳は改めて美月が美咲を気に入っているように感じれた。この連休の間、何回か彼女の話が話題として上がったが、その度に美月は楽しそうに話していた。彼氏本人なんかよりずっと。
「そんな事言わなくても良くない?」
「言ったってなんも変わらないんでしょう?」
由佳が母の真理子を見ながら話す。
「そうね、結局会って話して見ないとわからないからね」
「ほら、結局お母さんに私たちがなんやかんや言っても無駄よ」
「母さん〜、本当に美咲さんいい人だから、たく兄に勿体無いくらいだから」
真理子の言葉に美月はゴリ押しの営業のようにとりあえずいい人って言葉を連呼している。由佳がご飯を食べながら話す。
「あんまり美月からも言わないほうがいいと思うよ。期待値上がって会って見たら〜ってパターンもあるからね?」
「誰かが余計な事いたからだよ!」
「仕方ないじゃん、そう見えたんだから。あと別に嫌な子とは思ってないからね」
娘2人の少しイラついた話し合いに真理子は溜め息をつく。今年は静かに過ぎるのかな思いきや最後になって小さな口喧嘩が始まっている。
「由佳も美月ももういいのよ。拓海が連れてきたらその時考えるわ」
「まあ~連れてこれるといいけどね」
「それはそう」
母の言葉に2人は急に意見を合わした。その姿に真理子はまた溜め息しか出ない。どうらや同年代が見ると本当に拓海には勿体無い子かもしれないと思うのであった。
拓海と美咲はイナトマメにいた。夏になり、2人してアイスコーヒーを頼むようになった。今日はチーズケーキは頼まない。池袋まで出るならとりあえずここが待ち合わせの場所になっている。
一応出張前に会っておきたいなというのが今回の目的であったが、由佳の件もあったので美咲としてはその状況を正しく把握することも必要だった。
「なんか久々な気がするのに、どうしたんですか?」
2人は珍しくランニングで出会うこともなく、1週間ぶりの再会となってしまった。単純美咲が忙しく、ランニングに行く余裕も見つけられなかった。
「この間の拓海の電話のせいです」
「姉貴のことなら気にしなくていいのに」
「気になります」
美咲は早速由佳の件に触れる。拓海は言葉を返すが美咲には全く響かない。拓海は真剣に受けすぎていると感じた。
「拓海さんのご家族には悪い印象与えたくなかったんです。なのにあたしが仕事モードで声かけてしまって」
「それは仕事中だったから仕方ないよ」
「でも電話で言われてその通りだと思いました。なんか他のやり方ってあったはずなのにって」
美咲は額に手を当てる。悩ましく、落ち込んでいるようにも見える。拓海は正直言わなきゃ良かったと考え始めた。思ったより彼女の悩みの種になっていたからだ。
拓海は考えたが、すぐにでも彼女を悩みから解放してくれる格好いい方法は思いつかなかった。
「美咲、ちょっと俺を見て」
「うん」
拓海はそう言ってからは、椅子から少し立ち上がり、正面にいる美咲の両肩は掴む。美咲は少し驚いたが、拒否反応はない。
「言った通り、姉貴の事は気にしなくていい。俺がちゃんと言い返す」
「でも…要領悪いのは事実みたいだし」
「それ以外もちゃんと言ってたよ。しっかりしているとか、責任感あるとか、なぜ拓海なんかと付き合っているのかとか」
最後の事はあまり言いたくなかった。由佳が美咲に会ってから大して仲が良くもない美月と、拓海には勿体無いを連呼していた。
「そ、そうなの?それはちょっと嬉しい」
「だから、気にしなくていい。俺を信じて」
「でも拓海と付き合う理由がわからないとは、残念ですね。拓海はこんなにいい人なのに」
「それは…あれかな?桐谷さんがお兄さんにこだわる理由がわからないのと同じかな?」
拓海の噛み砕いた話に美咲は何か納得できるように何回か頷いた。美咲も兄には厳しいのかと拓海はこっそり思う。それと同時に軽く流していたメッセージの内容を思い出す。
「そういえば、9月の半ばでしたっけ?お兄さんがいらっしゃるのって」
「そうです。いつもうちで一泊していたのに、今回大宮にホテルを取るって言ってました。なんか出張の帰りみたいな」
「気付いたら桐谷さんもいたりして」
美咲はすぐにも‘そんな事ないです‘といえないのが悩ましかった。拓海は冗談だろうが、美咲が体験した真緒はやりそうだったからだ。
「日程がわかったら教えて、一応土日両方空けておくから」
「ありがとう。もうすぐわかるので、兄と調整したから連絡する」
「ちょっとだけ心配なんだ。お兄さんと対面するのは」
美咲は驚きながら拓海をみる。三枝とかに初対面した時に彼に緊張というのはなかった。なのに、兄と会うのに心配というのが、美咲としては意外で、なんだか由佳のことを気にする自分と同じに見えてきて、妙な仲間意識が感じている。
美咲はそこまで考えて今日あった趣旨を思い出した。
「その心配の前に、明日から気をつけて行ってきてくださいね。隣とはいえ、外国ですからね!」
日本から出たことない彼女の言葉が拓海としてはとても可愛く感じる。笑いながら答える。
「大丈夫です。何回か行ってますし、詳しい人が一緒なので」
正直拓海として、今回の出張に仕事の心配はない。同行者の心配だけがある。彼女は韓国には慣れているが、早川から頼まれた話をどのタイミングで、どう切り出すかを心配している。後、その結果も。
「なんか心配でもある?その一緒に行く人に」
拓海はすこし驚いた。顔に出したつもりはない。それなのに美咲は的確に聞いてきているからだ。拓海の顔に美咲は少し笑み浮かべながら聞く。
「図星?」
「なんでわかったの?」
「内緒ですよ。これからも使えそうだから」
偶然だろと拓海は内心思う。しかし、美咲のニヤニヤは止まらない。拓海は少し緊張した方がいいと思いながら素直に話すことにした。
「美咲には気分悪い話になるけど…いい?」
「聞きましょう!あたし、彼女ですから」
「…水野さんって覚えてる?」
拓海は美咲の表情が一瞬揺れることに気づく。以前飲み会では平然と話していたが、やはり記憶には警戒すべき人として残っているようだと拓海は思った。
「覚えてますよ。その方と行くんですね?」
「うん、彼女の関係で軌道修正しなくてはいけない事があって、嫌なことを言う役割を俺がするんだけど…どう切り出せばいいかなってね。それで仕事が嫌いになりましたとなっても困るし」
拓海は大きな嘘はついてない。なるべく美咲の感情に触れないように言葉を選んで話した。それでも美咲は美咲で何かに気付いたのか、真面目な表情で考える。それから言葉を選びながら話した。
「お仕事はわかりませんからなんともですけど、その方の行動で周りが困っているなら、正すべきだと思います」
「そうだよね」
「拓海が嫌な役割をやるように言われたのなら、周りから見て拓海にもある程度責任があったかもしれません」
美咲の言葉が鋭さを増す。拓海はこの鋭さにオブラートに包んだ内容が明かされそうな気がして居心地が悪かった。とても自分の口から彼女に言える話題ではない、自分が水野に好かれているからオフィスの空気感があまりよくないと。
美咲の言葉が続く。
「拓海は変なところで優しいから、それが原因ですかね」
「それ言われました」
「なら…その人が立ち直ると信じて、ちゃんと明確にしてあげて」
そう言いながら美咲は拓海の目を見る。拓海はその目から視線を逸らしては行けないと思った。深く頷くと美咲が拓海の手を握る。
「辛くなったら話聞きますから、あたしを頼って」
美咲の小さい両手が拓海の少し武骨な手を強く握る。拓海はそれに妙な安心を感じていた。美咲を安心させなきゃ、守らなきゃと考えていたはずなのに、自分もまた彼女に支えられていると感じる。
「うん。頼ります」
そう答えながら拓海は思う。
水野の件はもう後回しにしてはいけない。早川に言われたからではない、自分が中途半場にしていたことを結論付けなくては目の前の彼女に失礼である。




