その二十九
日曜の昼、西村は池袋にいる。美月、早川と待ち合わせをしているからだ。美月とは趣味が近く、たまに遊ぶことはあるけど、早川まで参加するのは初めてであった。
「お疲れ、早かったね」
早川がロードバイクを引きながら西村に声をかける。仕事ではないラフな姿、いつもの気怠さと相まって会社での冷淡な姿はあまり見えない。
「けっ、女子2人に会うのに汗かいちゃって」
「別にいいだろう、週末にわざわざ会社の人に会うことをまず感謝しろ」
そう言いながら早川は近くにあった駐輪場にロードバイクを停める。今日は社内の空気を呼んで、助力者が必要と思った西村が招集をかけたのだ。週末はゆっくりしたい彼としてはあまりいいことではない。
止めている間、美月の姿も遠くから現る。洗練されている姿が1人だけ妙なオーラーを放てているようにも見えた。
「ひなちゃん、おはよ〜」
美月は近づきながらワイヤレスイヤホンを外す。西村はいつもの如く笑いながら手を振る。
「お、れんれんもきてるじゃん。1人音信不通だからどうしたかと思ったよ」
「チャリだったから返信できなかった。あと、そう呼ぶな」
先日の飲み会で決まったあだ名が気に入らないのが、汗を拭きながら早川は言い返す。
「店って決まってるの?」
「うん、前撮影したところに予約しといた」
3人は美月を先頭にして歩き出す。
3人が集まったのは恋バナをするためだった。対象は水野一択で、早川、西村が感じている諸問題を美月に共有するのが目的であり、遊びのネタだった。
3人はお店に入ると1番端っこで広いスペースに案内される。一見おしゃれカフェに見えるが、ちゃんとした創作料理屋であった。
「れんれんもいるとなんか緊張するね〜」
「用事終わったらすぐ帰るから」
そう言って軽く食事を頼む。それからは話がしばらく始まらなかった。美月が最近ハマっているドラマの話をしだし、ひなちゃんはひなちゃんで最近変えたインナーカラーの髪を語る。早川だけが、我慢して聞いている。
「ちょっとタバコ吸ってきていいか?」
「ちょ待って、今大事な話しているから」
美月の阻止に早川が席を立つ。待たなくていいと判断したのだ。
「れんれんはつれないね〜」
「パイセンはいつもあんな感じです」
「で、れんれんは水野さん好きなの?」
その質問に西村は少し考えてみる。
「全くわからん。本人は興味ないって言うし、仕事だとできる先輩に、キレる部下って感じのやり取りしかないから〜」
「なんで首突っ込んでんの?」
「うーん、責任感?」
そう言って西村は笑う。彼女にもわからなかった。最初に気づいたからちょくちょく話してはいたけど、具体的になぜこの話に関わってくれているのか知らされていない。いつもの彼で考えるとここまで対応してくれるのもおかしな話だった。
早川を待つ間、料理と飲み物が届く。美月は当然のように写真を撮り、西村は当然のようにそれをまっている。
「そういえばさくさくとあってます?」
「タイミングが合えばね~」
「付き合うつもり?」
「付き合ってるよ」
西村は驚く。でもすぐさま付き合うの意味合いが違うと気付く。美月は何食わぬ顔をしている。社内で自由人といわれている西村からしても、美月は少し理解しにくい人ではあった。職業柄といえばそこで落ちづいちゃうが、西村としては彼女を一般的な線を守る感覚がない人だと思っている。
「さくさく可哀想に、なんでこんな人に選ばれたのか~」
「いいじゃない?大地くんも同意した内容だから」
それはそれで西村としては驚く。あんなわかりやすい真面目な人間が、こんな付き合い方を許すとは。
「恋人未満、友達以上って感じですよね?二人でいるとこ見てみたいですね~」
「うーん、どうだろう。私あんまりそういう区分けしないから。彼氏彼女になっても別れたら終わりだし」
美月の言葉に再度驚愕している西村の前にタバコから帰ってきた早川が見える。ちょうどいいタイミングと西村は思った。こちら側のトークエンジンがかかった美月はなかなか手強いってことはすでに知っているからだ。
「さて、本題行きますか」
「水野さんは、たく兄が好きなんでしょう?いつから?なんであれが好きなの?」
会社では尊敬できる先輩だけど、家ではあれ呼ばわりかと早川は思う。ここは厳しい妹に兄の姿をちゃんと教えてあげないと決める早川と西村だった。
「美月さんはぴんと来ないと思いけど、佐藤いや、拓海さんはかなり優秀な人です」
「うんうん、聞いた話だと、もともと黒川チームってリーダーがワンマンすぎて弱小扱いされたらしいのね?理沙さんは新卒で入って結構頑張ったらしいですけど、ずっといまいちで、3年前にスカウトで拓海さんが入ってから黒川さんが放置していたもの全部まとめ上げて、社内外と話すようになってからお偉いさんとか、外部の評価がすこぶる上がったらしい」
「勢いがついたことで、俺も合流するようになってさらに拓海さんに自由ができて、社内のいろんなところに海外のパイプつないでくれて、`黒川チームは伸ばせ`ってなったんだよ」
美月は淡々と話を聞くが、興味はなかった。どのみち自分と違う人生であり、彼がある程度優秀なのは留学とか、立ち回りを見ていてもわかることだった。後、身内が褒められすぎるのは面白くないこともあった。
「理沙さんはそれを隣でずっと見ていて、劣等感じゃないけどライバル心もあったみたい」
「実際拓海さん、抜けているところあるから、その辺は水野さんが補強してうまく回してたみたい」
「待って。その二人って、もともと仲良かった?」
早川とに西村はお互いを見る。入って1年ちょっとの西村にはすべてはわかってない。早川としては興味がなかったけど、二人の仕事ぶりを数年見ていると確実に否定はできないと思った。
「可能性は否定できない。ちょっと前までは遅くまで仕事して、近くのビジホにみんなで泊まることもしばしばあったから」
「あ~その時ね。お母さんがすごい心配してたんだよな~」
「私が知る限りだと、二人の間には何もないはずです。少なくとも拓海さんは理沙さんに苦手意識があるはずなので」
そう言い切る西村を二人を見る。
「仮説は前提が大事だから、これは綾子さんに確認済み!」
「ならOK。であれば、元々あった感情Xがアメリカ出張で活性化して閾値近くまで上がった。ただ本人は自覚していなかった。そこに美咲さんという触媒が入って反応速度が急激に上がって閾値越えちゃったって感じか?」
早川が整理して、西村は納得して首を縦に振る。美月は違った。
「意味わかんないけど、アメリカでなんかあって、拓海ちゅきーってなったのね?」
しかし、彼女なりには理解しているようだった。その理解があれば十分だと思った早川を今と今後の状況を話す。その間、西村はスマートフォンを探る。出張時の写真をいくつか黒川からもらっているはずだった。
「今、水野さんは何かを企んでいるみたい。8月中旬くらい二人きりで出張もあるし」
「へえ…何だろうね?」
「それはわかりませんが、このフェースだといい結果にならない」
早川は決定事項のように話す。美月も理解はできた。拓海は一度決めた事を覆すような人ではないし、相当美咲にハマっていることは自宅で見てもわかることだったからだ。それに対して水野が何かを仕掛けた場合、玉砕するに違いない。
「まあ~私関係ないけどね!」
「俺はあります」
美月の目が光る。彼女として気になる要素だった。
「拓海さんとそうですが、水野さんもまた優秀な人なんだ。それを一時のホルモンバランスの異常で消えて欲しくない」
「あった!!」
早川言葉が終わると同時に西村が叫ぶ。それから美月にスマートフォンの画面を見せつける。美月はもう少し早川の言葉を聞きたかったが、西村の圧には勝てなかった。
「なにこれ?タックに見せつけられた理沙ちゃん、夜の密会、なんかあった?爽快な2人、出来てる2人?」
写真は四つ、丁寧に題目が黒川の字で書かれている。
1枚目の写真は外国人に囲まれた拓海と端っこ座ってに床を見ている水野。2枚目はホテルの廊下、部屋の前で手を振りながら微笑む水野とそれをみる拓海。3枚目は英語の大きなポスター前でポーズを決める水野と拓海。4枚目は大きな橋を背景にカップルのような写真を撮っている水野と拓海だった。
「これちょうだい!美咲さんに見せる!」
美月は単純に怒った。兄が美咲に対して外道な事をしているに違いないと思ったからだ。自分事ではないけど、美月が知っている美咲に拓海がそんなことする資格はないと思っている。西村と早川が慌てて誤解しないように話す。
「これ、黒川さんが面白半分で二人をくっ付けるために裏で共有したやつで、美咲さんの存在を知っててからボツにしたよ。あの時は黒川さんなりに、チームを円滑にしたかったというか…」
「やってること盗撮だし、あとから飲みで聞くと全然状況違ったし」
4枚目の写真を早川が示しながら話す。
「これ、拓海さんがすごい嫌がっていたみたい。水野さんは知らないけど」
「後これは、学会終わったら普通に撮る写真。3人分もあるよ」
3枚目の写真を示しながら西村が話す。それから3人で写っている写真も合わせてみせるのであった。
「ホテルのやつは何?あれ、完全に事後だろう!」
美月はまだ納得していなかった。最も怪しいものに関しては早川も、西村も解を持っていなかった。徳とは言え、盗撮しているし、黒川さんの事だからふざけているに違いないとは思うが、エビデンスが二人にはなかった。
「帰ったら聞くわ。あいつ、本当にやっていたらぶん殴る」
「まあまあ、一応これ、付き合う前の時期だからね?」
「関係ないよ。その時点でもうあいつ、美咲さんと毎朝のように走りに行って、食事も、デートもしていたよ」
西村はまた美月の変なスイッチを押してしまったと思った。半面、面白くなりそうな気もして、どう対応すればいいかわからなくなった。ただ、早川は違った。
「この写真はいったん置いといて。拓海さんが水野さんに対して変に優しくならないようにだけ、どこかで言ってもらえる?」
「…どういうこと?」
「よくない結果が見えている。なら被害は最小限にすべきだよ。そこに拓海さんの人の良さは邪魔」
「私が言っても聞くかな?何で知ってんだよってならない?」
「こちらでも圧はかけとく。やるなら一思いで、無慈悲にやって、通常の水野さんに戻してくれと」
お互いにやや納得がいってないまま三人の会話で方針は決まった。後は当事者の気持ちの動き次第。どこかに閾値で、変化が起きると早川は見通しを立てていた。




