その二十二
「んで、タックはなんで先週あんなに落ち込んでたんだ?」
信野医薬、黒川チームの飲み会だった。品川駅周辺で、いつものメンバーが揃い、特に意図のない席順で座っている。黒川の質問に拓海が白を切る。
「先週?なんかありましたっけ?」
早川、西村だけが視線を交わす。
彼らは空気を読んでいた。拓海の隣に座っている水野が拓海に好意を持っているのは間違いない。その中、先週の拓海の調子の悪さは明らかに週半ばくらいに訪れた女のせいだ。そこまでならいいが、悪質な大人2人が面白ければいいのスタンスでこの場にいることだった。
「なんか半ばあたりから調子悪そうにしてたよ」
「そうですよ。タックさん、頭痛いから1人にしてくれとか言ってましたよ。薬も置いといたんですから」
森下と水野の言葉に拓海が困った顔をする。逃げられそうにないと感じ始めたのだ。
「あー、元カノの友達かなんかで言ってた時ですね」
「なんだっけ、早川先輩がAVだって言って綾子さんに喫煙所に呼び出しくらってましたよね」
そこに早川、西村が助け舟を出す。このまま会話が進めば、自分の感情もまともはわからない女が暴走しそうに感じたからだ。
「えー?そうだっけ?確かに早川くんとタバコ吸いに行ったけど、たっくんの彼女だ、違うで盛り上がったと覚えているけど?」
「へ、へぇー綾子さんと早川先輩そんな話していたんですね。でも流石に佐藤さんがそんなことで落ち込みますか?」
「そうですよ。佐藤さんメンタル強いし、落ち込むのってなんか想像できないです」
「でもタックさん、学会の発表前とかめっちゃピリピリするタイプらしいよ」
早川は思う、水野黙れと。余計なタイミングでチャチャを入れてくる。あなたの無自覚でこの攻防を起きていることを認識して欲しい早川だった。
でも西村は切り替えのチャンスと見た。
「え?佐藤ん、そうなんですか?発表前はナーバスになる感じ?」
拓海は森下からタバコをもらい、火をつけてから言う。
「そうだね、1人にして欲しいかなー」
「じゃ先週なんか発表でもあったんですか?なんちゃって、スケジュール見ればわかるのにねー」
早川と西村は作り笑いを流す。それには水野だけ少し笑みを浮かべていた。拓海は森下の火をつけて欲しいという仕草に彼女のタバコへ火をつけた。
「理沙ちゃん、今のどう思う?」
「え?いつもあることだからなんともー」
「彼氏がこんなことしてたら?」
早川は感じた。
「うんー不愉快っていうか、距離感近すぎないとか、お前なにしてんの〜的な?」
「そう!それぞれ、黒川さんも聞いてくださいよ」
やられたと、森下綾子はこの話題を終えるつもりがないと。諦めて電子タバコの電源を入れる。反対に座っている西村が早川の足を蹴る。
「外回りの時にね、コンビニでね。たっくんとタバコ吸っていたら、婦警さん2人がすごい睨んできたと思ったらさ、たっくんすぐ行って2人で話すわけ!」
「なにそれ?!聞いてないよ!」
悪質な2人が盛り上がる。
拓海はタバコを吸う手のあまりの指で額を撫でた。水野は興味津々で話を聞く。二度目だか、拓海の苦い顔を見ると少し気になってきたのだ。
「話していると思ったらさ、理沙ちゃんに似ている子はどこか行って、すごいスタイルいい子にたっくん胸とか殴られてなんか言われてたのよ!」
「え、お前、彼女ないってずっと言ってたじゃねぇかよ!」
「そう!だから私も多分元カノなんだろうなって思ってるけど、実際はどうなの?」
やっぱりこうきたかと拓海は深く煙を吐いた。周りを見る。全く興味がない早川、興味しかない黒川と森下、西村は黒川よりになっていて、水野だけ少しソワソワしているように見えた。
拓海は隠すつもりが全くない。
「彼女ですね」
「えっ!そのスポーツ美人の子?!」
「いいえ、先に去っていた、この間うちのロビーにいた方です」
森下は驚き身を乗り出した。
早川はロビーでの彼女さんを思い出す。スーツの仕事帰りって感じの人、どこか水野近しいものもある無表情の人と覚えている。彼は水野に視線送ったが、彼女は何ともないように見えた。むしろ西村にどんな感じの人だったか説明をしてあげている。早川は、不安になった。
「え、そっちなの?、身長高めのスポーツ美人じゃなくて?」
「その人からは嫌われてますね、今週末会いますけど」
「なに、タック?お前まだそっちとも会うつもり?」
「違いますよ。ちょっと話していた件があって、それらを詰めるだけです」
その場にいるみんなは拓海の言葉を聞きながら一度ずつ水野に視線を送った。それに気づいてないのは拓海と
水野だけ。早川は一度森下と目が合う。
(こうなるかもしれなかったのに楽しむだけ楽しみやがって…)
早川は変わらない水野には何もしなかった。ただみんなの追加の飲み物を聞いて、話題を切り替えようとした。
美月は今かなりドキドキしている。
目の前でラブホとかできるようなバスローブだけ来た人が、路地裏から出てきて、人々の間を縫って違う路地裏に走り去っていた。バスローブには赤い何かついていたと思う。
最初バスローブの人が出てきた路地裏から、今度は警察が出てきた、若い人と中年の人に見える。2人は人々の間から何かを探しているように見えた。
美月はその中で若い警官と目が合った。力強く、覇気がある感じがした。それでも顔は見覚えがある人だ。美月思わず先ほどのバスローブの人が走って行った方向を指す。若い警官はその方向に早速走って行った。
「美月ちゃん!大丈夫ですか?」
聞き覚えがある声がする。若い警官が去って数分、いや数秒かもしれない。美月は美咲を見た。
先週末、初めて会った時とは違う服装、違う顔をしていたけど、美咲であることは違いなかった。無表情で警察の制服を着ている彼女は聞く。
「ご協力ありがとうございました。バスローブの人に何かされてはないですね?」
「あ、はい!大丈夫です。人群れほ間で見ていただけなので。み、美咲さんはこれって?」
「なにもお答えできませんが、無事ならよかったです」
美咲はそう言い残してさって行った。無線機に向かって何かを報告している。美月のドキドキは止まらなかった。美咲の対応、バスローブの人、何より佐久間の目が記憶に刻まれそうだった。
「よータック」
「地元のヤンキーみたいに呼ばないでください」
拓海は今、赤羽の飲み屋街にいる。金曜の夜、七海と話すことになっていたからだ。七海すでに、立ち飲み屋で一杯目を半分くらい飲んでいる。一緒に立っている黒スーツの男も酒ではないが同じくらい減っていた。
拓海は彼に見覚えがある。でも思い出せない。
「こう見ると全然気づかないだろうなーまぁ、初めましてみたいなもんだから。高瀬泰隆です。よろしくお願いします」
「すいません。高瀬さん顔に覚えがありますが、ちょっと思い出せなくて。改めまして佐藤拓海です」
高瀬は残念そうな顔をする。先に七海から刺激を受けて一通り思い出していた分、寂しく感じたものだった。そこで七海が笑いながら柔道、県大会というキーワードを拓海に教える。
「あ!あの高瀬さんですね!すいません。気づかなくて」
拓海は思い出し、すぐお詫びの言葉を渡す。でもそのやり方が、体育会系のそれではないと高瀬は感じた。一般社会人的なものになっており、高瀬としては完全に柔道から離れたと感じざる得なかった。
「今日はどうして2人で?」
「タックのこと、ヒントくれたのは高瀬さんなの。しのちゃんとも仲良いから点数稼いだ方がいいよ」
拓海は七海の言葉にハテナをつけながら高瀬を見る。
回答になってないし、察しろ的な部分が多すぎた。
「高瀬さん、どういうことは今は?」
「浦和署の刑事課にいる。ちょうど今朝も東雲から業務の引き継ぎされたところだ」
拓海は一発で納得した。でも七海が自分と美咲が付き合う事を言いふらす人とは考えてなかったので、その点だけすこし意外だった。その気持ちで見ていたら、七海が枝豆を食べながら話す。
「言っとくけど、言いふらしてないよ。この人にあんたのこと聞いたら逆に調査してきたからね」
「東雲自体はいつもと変わらないが、真紀ちゃんと佐久間くんは甘かったね」
拓海は二人ともすぐ思い出すことができた。確かに、美咲さんより取り調べとかに弱そうなイメージの二人であった。拓海はなんとなく納得をした上で、店員さんにビールを頼んだ。
「俺に高校時代を知ったって言いましたね?何が知りたいんですか?」
「早速本論か。佐藤くんは俺が持っているイメージと少し違うな」
「こいつ、人選んで対応変わるので、これは基本私向きの姿勢ですね」
拓海は七海の発言に肩をすくめて見せる。高瀬は面白そうなおもちゃを見つけた目で拓海を見る。
「早乙女から他も聞いていてさ、俺は佐藤君はもって後輩ムーブする人だと思っていたから意外だったよ。いつからそんな感じに?やはりお父様のことがきっかけ?」
拓海は一つため息をつく。興味津々な高瀬も、静かにみている七海も、彼としては気にいらなかった。どんな風に接するか考える。そしてここは刺激的に行くことにした。
「二方とも、無礼ですね。取り調べが癖になっているのはわかりますが、相手選んでくださいよ」
その対応に七海も、高瀬も少し笑みを浮かべる。2人の勝負欲が刺激された同時に予想していた展開通り進まるのが面白かったからだ。
「泰孝さん、言った通りでしょう?こういうやつなんですよ」
「そうだな、早乙女が引っかかる理由が少しわかった気がするよ」
拓海は二人の言葉から試されたと思った。でも何がしたいのかまではわからなかった。
「佐藤くんは本当に俺が知っている人ではなくなったな。変わりすぎだよ」
「ちょっと頭が追い付いてないですが、この茶番はなんでしょう?」
「泰孝さんが食いついた時、私が言ったよ。あんた、異常だって。そうしたら‘東雲の彼氏候補が異常なやつは許さん‘とか言ってたから、じゃあプレッシャーかけて試しましょうってなったわけ」
「いや、そんな言い方はしてないけど、早乙女から言われて佐藤くんが少し気になったんだ。危なそうに見えたからね」
二人の話を聞いて拓海はなんとなくわかった。一応この人たちは美咲を経由したとは言え、自分のことをある意味心配していくれていると。ただし、やり方は工夫してほしかった。
七海が一杯目の飲み物を飲み切って言う。
「タック、自分のこと削りすぎ。しのちゃんとはどんな風に復活したか後で聞くけど。今日は酔っぱらう前にこれだけ言わせて、自分のこと削りすぎて、しのちゃんを不幸にさせてないで」
美咲の親友として、それから拓海の知り合いとして七海は言葉を渡した。彼女としてはもっと根掘り葉掘り聞いて、なんで拓海がこうなってしまったかを究明したいと考えた。しかし、先週末美咲から‘付き合うことになった‘と聞いた時、そのやり方はしてはいけないと思った。自分の興味優先ではなく、親友を守る方向で行きたいと思った。
「…しませんよ。後、俺が削りすぎって何?」
「頭では‘これ以上やったら俺傷つくな~、でもこの人らはこういうの好きだろうな~じゃ、やるか‘となるあなたの器用な人の付き合い方のことよ。」
拓海は一瞬だけ言葉を失った。自分のやり方がまた読まれていた。
三枝に続いて二人、三人目が同時に彼の目の前に現れたのだ。鉄壁のやり方とは考えてなかったが、ここまで言われることがなかったので、ちょっとした驚きのようなことも感じている。
そんな拓海を見て高瀬が話す。
「佐藤さん、俺と早乙女はね。貴方の人なりを評価するつもりはない。ただ、人の付き合い方って、ある程度の線を守りながらの行動だと思う。貴方には自分を守るための線がないように見えるよ」
「だからそれが、いずれは、何らかの形でしのちゃんを苦しめるではないかと思ってるの。あと、あなた自身もね」
二人の言葉、拓海に刺さる。うすうす気づいていたことがはっきりした言葉で彼の心に届いてしまった。父親が亡くなり、拓海が病院で見た短い時間が、そこから得られた自分の方針が、人に心配されているのであった。




