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その一

 浦和の高速道路入れ口が近い生活道路、15:40、そろそろ会社に戻る車両と買い物客の自転車が混ざり、閑散とした空気からどこか居心地悪い空気へ変わろうとしていた。

 埼玉県警の制服を着た警察官、早乙女七海は交通課車両の運転席に座っていた。見るからに明るい感じだが、視線は一時停止表示がある交差点を鋭く見ている。


 「ここ、つい無視する車多いんだよね」


 助手席にいる東雲に向かって七海は軽い口調で話す。東雲は慣れている様子で聞き流しながら無表情のまま前方を見ている。

 その前方の視界の端で、一台の車が一時停止をせず、そのまま交差点へ流れていく。

 

 「はい今のー」


 七海はすぐにサイレンを軽く鳴らし、無駄のない動きで車を発進させ、わ ナンバーの車両を追う。数十秒後、2台の車は路肩に停車した。七海はドアを開けてレンタカーに向かう。女性としては背が高く、体格もよく、堂々とした動きだった。少し遅れて東雲は助手席から降りて警察車両のそばに立つ。


 「すみませーん、ちょっといいですか。」


見た目に似合う明るい声ではあったが、その中に公務という圧は確かに含まれていた。窓越しに運転席を覗き込んだ瞬間、七海の視野に入るのはブラウンの髪に青い目の白人、典型的なアメリカ人男性だった。助手席には黒のメガネをかけた癖毛の清潔感ある人が見える。


  (日本語通じるのか?)


 不安が生じる。ただし表情には一切出さないまま、視線を送り、後ろで待機している頼れる同期を呼ぶ。


 「免許証の確認お願いできますか。」


 マニュアル通りに依頼するが、懸念した通りに日本語通じない様子であった。七海は困った顔をすると東雲に代わるという意味で彼女の肩に手を乗せた。

 一方、車の中では困った顔をするショーンを安心させるため拓海が助手席から降りて声を発する。


 「すいー」

 「Excuー」

 

 拓海と東雲が声がかぶり、車越しに互いを見つめる。二人して無言の時間数秒、先に我へ返ってきたのは東雲だった。’お先に’という動きをすると拓海は軽く頭を下げてから話し始めた。


 「すいません。本人ではないので恐縮ですが、彼、日本語ができなくて差し支えなければ通訳で私が入ってもいいですか?一応私に会いに来てくれた友人なので。」

 「…意思疎通の意味合いなら可能ですが、基本的にこちらの指示に従っていただきます。規定上、第三者が入るといけませんので。」

 

 拓海の提案に東雲が事務的に回答する。七海は一瞬妙な顔をして東雲をみるが、即座に拓海に視線を戻す。拓海は‘ありがとうございます’と言ってすぐ、ショーンに状況を伝える。また、拓海自身はこれから警察側の指示に従い通訳するが、面倒にならないようにすると話し、安心させた。


 そこからの流れは早かった。東雲はなぜ止められたのかを説明し、交通法に違反しているので、免許証提示と罰金が課せられる旨を話した。拓海は加減なくその内容を伝え、国際免許証を提示した。罰金は現場処理できる事で、ショーンが現金を用意する間、拓海が東雲に声をかける。


 「イレギュラーなのに便宜を図っていただき、ありがとうございます。」

 「いいえ、こちらこそ言葉の壁があったので助かりました。ご協力いただきありがとうございます。」


 その後もしばらく無言で互いを見てしまうが、ショーンが罰金を渡したので、東雲が処理を行う。その間拓海は七海に向かっても軽く会釈する。全ての処理が終わり、拓海の車は出発の準備をした。そこに七海が近づく。


 「日本での旅行、楽しんでくれよ。お兄さん!」


 そう言いながら親指を立ていい笑顔を見せる。それを見たショーンは先ほどまでの不安そうな表情をすっかりなくし、愉快に笑いながら草津に向けて出発した。




 車両に戻った東雲と七海。ドアを閉めたが、エンジンはかけず七海は隣に振り向く。

 

 「今のメガネの人、感じ良かったね。」

 「……そうですか。普通だと思います。」


 運転席の七海は同期を見てニヤつきながら、わざとらしく言い放つ。


 「あれれー?普通のしのちゃんはちょっとした英会話はできるはずなのになー」


 東雲は沈黙、否定もしない。ニヤける七海の隣で少しの間を置いて言い訳するように話す。


 「友人を助けたいと言ってますし、私なんかよりできる感じでした。」

 「だからあんなに見つめてたの?」


 食い気味の七海の言葉に、東雲は少しムッとした顔になったけど何も言い返さない。確かに自分はその男を見ていたことを思い出す。一目惚れなんかではない。なんとなくスマートに質の良い仕事をしてくれたからだと思っている。


 (それとも初めてなのにちょうど良い距離感だったから…?)


 東雲は自分でもよくわからなくなっていた。七海の言葉がなければ特段気にすることもないはずだとも思っている。東雲は思わずため息をつく。


 「そんなため息つくなら、携帯番号でも渡しときゃ良かったじゃん。見た目も良いし、勿体無いタイプだよ。動いておけば良かったのになー」

 「そう言う意味のため息ではありません。良い時間ですし署に戻りましょう。」


 東雲の強めの態度を見た七海はこっそりベロを一回出してから車のエンジンをかける。何の意地を張っているのか七海としては理解できなかったし、見た目も性格もいい子なのに、何故自分から距離を作っているのかもわからなかった。


 署に近づくまで2人は無言だった。自分のせいで空気が悪くなったと感じた東雲は言葉を発する。


 「ごめんなさい。」

 「じゃー、今度の合コンでもきてくだしゃい!」


 東雲の心配は全く意味がなかったみたいに七海は明るい声で誘ってきた。東雲は目を細める。以前も無理矢理に参加させられた飲み会と誘われの流れが一緒だったからだ。ローテンションのふりをして本題を出す。


 「いいーじゃーん!先のメガネ君みたいな人もいるかもだよ!今回は品川だからさ、将来の有望株とかもいるかもだよ!」


 熱弁する七海を無表情で見る東雲。普段なら断固拒否になるが、先の男や自分自身の変な態度とか、’七海が言うなら、たまにはと言う気持ちがある。

 

 「わかりました。考えておきます。」

 「本当に?!やった!来週の水曜だからね!気に入らなかったら途中で帰っていいから!」


署の駐車場に停まるのと一緒に七海が叫びながら喜ぶ。その姿を見て東雲は口元が緩むが、すぐに無表情に戻す。


 「やっぱ、先のメガネ君の影響かなー?しのちゃんがー」

 「詳細はメッセージください。先にデスク戻ります。」


 喜ぶ七海を半分無視しながら先に車から降りる東雲、服装や手持ちのものを確認して、車のガラスで自分の顔を確認する。なんかいつもの感じとは違う無表情が見える。東雲は妙な胸のざわつきを感じながら、また何か話そうとする七海を置いて駐車場から離れていった。




 草津まであと30分程度、拓海とショーンは一頻り会話が盛り上がり、お互い窓を見ながら先の警察の二人組を思い出す。先に口を開いたのはショーンだった。

 

 「Man, The officer was pretty cute.」


 離婚者がいきなり女の話かと思いながらも拓海も素直に会話に乗っていく。


 「Yeah, and super efficient too. Handled everything clean and fast—didn’t even mess up our road trip.」

 「Honestly, that was a great experience in Japan. If all the cops looked that cute and kinda sexy, I’d be all for it.」


 ショーンの制服趣味に思わず拓海は突っ込んでしまう。


 「Dude, that’s a bit much. You really think “sexy” when you see a uniform? I mean, her face and vibe were great. Slightly sharp eyes—kinda cat-like. I thought that was really cute.」


 今度は拓海の言葉にショーンは意味がわからず聞き直す。顔には’何のこと言っているの?‘と書いているようだった。


 「Sharp eyes? What are you talking about? She was energetic and sexy, man. Wait—don’t tell me… you mean the other one? The one who felt like a robot?」


 話す途中で拓海が言っている女性に気づいたショーンは本当に気持ち悪いみたいな顔で言い続けた。


 「Huh? A robot? No, I mean the one who came over later, spoke a bit of English. She was gorgeous, right?」

 「I mean, yeah, she looked good—but nah, not my type. I can’t see someone like that as a woman, more like a machine. If we’re talking women, I’m going with someone like the first one—lively, confident, a little sexy.」


 拓海が一生懸命に認識のずれを正すように話すが、ショーンは意見を変えるつもりがなく、ずっと気持ち悪いと言わんばかりの顔をしていた。

 諦めた拓海が仕事の話題に切り替える。ショーンとは大学院時代の良い友人ではあるが、今では同じ業界の先端研究者同士でもあった。今回は彼のアジア圏のビジネストリップの合間を縫ってこっそりプライベートな時間を楽しんでいる。


 「Alright, alright—I get your type now. So anyway, what’s your plan starting Monday? If you give me a heads-up, I can set up some time with my team.」

 「Yeah, I’d appreciate that. I’ve got meetings with a vendor in Osaka Monday and Tuesday, so I’ll swing by your office Wednesday. I’ve been wanting to talk with Kurokawa-san.」

 「Got it. I’ll set it up.」


 拓海の上司との打ち合わせ希望とのことで、有意義な時間になりそうだった。拓海のチームは上司を踏まえ6人がいるが、全員が参加することはない。チームの柱役である拓海と水野、ご要望の黒川の3人対応であろうと拓海は考えた。


 「Well, hey—since you’re into the “machine” type, I guess I can trust you with all the fine-tuned adjustments.」


 「Come on, man—she really was beautiful, though.」


 ショーンの最後の弄りを受け、半分諦め気味の拓海が声を上げる。草津に着くまであと少し、旧友同士は互いをいじりながら夜の道を進んでいた。

英語はここのみです。

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