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学校ではモブの俺、裏ではダンジョン救助組織の司令塔 ――《痕跡鑑定》で事故も隠蔽も見抜いてやり直す  作者: 玖城イサ


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第99話 守るだけじゃ足りない

 


 助けられれば、それで全部終わるわけじゃない。


 その事実を、一番嫌というほど知っているのは玲司だった。


 夜の準備室。

 机の上には中層実習の内部配布資料、図書館から拾った過去の事故図、真壁が流した控えの写しが並んでいる。

 紙は少ない。

 だが、少ない方が逆に重い。


 ユラが最初に口を開いた。


「はい、質問」

「事故止めたらそれで終わりじゃだめなの?」


 軽く聞こえる言い方だった。

 でも、本当に軽い問いじゃない。


 玲司はすぐには答えなかった。

 机上の古い事故図を見る。

 待機列。

 資材箱。

 狭い導線。

 崩れたあとの処理文言。


 前の時間軸では、もっとひどかった。

 助けられず、残せず、真相へ近づいた人間から見捨てられた。


「終わらない」


 短く言う。


「今回だけなら終わる」

「でも、向こうが何も失わなければ次もやる」


 レナが腕を組んだまま頷く。


「だろうな」


 カナデは紙の端を揃えながら続けた。


「事故が未遂で終わっただけなら、“安全強化が機能した”で処理される」

「外部協力先の名前も、危険配置の意図も、また沈められるわ」


 ミオが静かに補足する。


「図書館の記録でも同じでした」

「死傷者数を変えて、責任の位置をずらして、表現を揃えていました」

「未遂ならもっと簡単に埋まります」


 ユラが椅子へ浅く座り直す。


「つまり、助けるだけだと“いい話”にされる?」


「される」

 玲司は答えた。

「しかも黒峰側は、安全管理に協力した顔で残る」


「最悪じゃん」


「最悪だ」


 短く切る。

 それで十分だった。


 準備室の空気が少しだけ沈む。

 誰も、今回の事故をただ止めるだけで満足できないと分かっている。

 だが、だからといって証拠側へ寄りすぎれば、今度は目の前の生徒が危なくなる。


 そこが厄介だった。


 レナが先に言った。


「でもよ」

「あたしは今いるやつを落とす方が嫌だ」


「同意見です」

 ミオも小さく言う。

「あとで暴けても、今いなくなった人は戻りません」


「当たり前だ」

 玲司は答える。


「人命が先だ」

 そう言いかけて、止まる。


 本当にそれだけでいいのか、と別の声が内側で返してくる。

 前の時間軸で見たものがある。

 助けられなかった命も、助かったあとにまた沈められた真相も。


 ユラがその沈黙を拾った。


「……でも、それだけでもないんでしょ」


 玲司は視線を上げる。

 ユラの顔はいつもより静かだった。


「うん」

 玲司は答えた。

「守るだけで終わると、向こうは“事故にならなかった”って形で片づける」

「そうなれば次の実習も、その次の事故も止まらない」


「つまり、今回の中層だけ守っても、先の分が残る」

 カナデが言う。


「そうだ」


「嫌な二択だなあ」

 ユラが天井を見る。

「今の人を優先すると、次の人が危ない。次を止めるために証拠を取りに行くと、今の人が危ない」


 誰もそこで軽口を返さなかった。

 その通りだからだ。


 玲司は真壁から流れたルート図の差分を見る。

 資材配置。

 立会い位置。

 待機列。

 全部が、事故を止めるためにも、事故を証明するためにも重要な位置だ。


「守るだけじゃ足りない」


 自分で口にすると、言葉がやけに硬く響いた。


「だから二つやる」


 レナが眉を上げる。


「二つ?」


「事故を止める」

 玲司は一つ指を立てる。

「同時に、向こうが“たまたま危なかっただけ”で逃げられない形を押さえる」


 カナデがすぐに返す。


「配置図、搬入記録、外部立会いの動き」


「それと現場の痕跡」

 玲司が言う。

「資材箱がどこから動いたか。誰がどの順で立ったか。崩れ方が偶然じゃないと示せるもの」


 ミオが小さく目を伏せた。


「先輩」


「何だ」


「それ、現場で両立できますか」


 一番静かな声で、一番重いことを言う。


 できると即答したい。

 だが、玲司はその嘘を言わない。


「簡単じゃない」


「だよね」

 ユラが低く言った。

「しかも向こうも、終わったあとすぐ片づけるでしょ」


「するわね」

 カナデが言う。

「未遂だった場合ほど速いはずよ」


「なら、事故前から取るしかない」

 レナが言う。

「配置の段階で」


 玲司はうなずいた。


「そこも含めてだ」

「本番で全部を拾うんじゃない。前、最中、後。その三つへ分ける」


 少しだけ、道筋が見える。

 だが問題は残る。


 もし本当に崩れた時。

 目の前で人が詰まった時。

 証拠と人命のどちらへ先に手を伸ばすのか。


 その答えだけは、まだ机の上にない。


 ミオが端末を見ながら小さく言う。


「正式告知のあと、搬入申請がまた一件増えてます」


「何が入る」


「補助柵と資材箱」


 ユラが顔をしかめた。


「はい、さらに嫌な感じ追加」


「補助柵を名目にして、導線を細くできるわね」

 カナデが平坦に言う。


 玲司はその申請番号を見た。


 やはり向こうも止まっていない。

 こちらが考えている間にも、事故を作れる形へ寄せ続けている。


 守るだけじゃ足りない。

 だが暴くだけでも駄目だ。


 なら、次に要るのは気合いじゃない。

 役割と順番だ。


 玲司は立ち上がった。


「明日、作戦を切る」


 短く言う。


「誰がどこで、何を優先するか」


 それを決めなければ、今回の中層実習は止められない。

 そして決めた瞬間から、TRACEは本当に二重目的で動くことになる。

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