第91話 昔から繰り返されていた
同じ事故は起きない。
だが同じ隠し方は、何度でも起きる。
外の小さな金属音に、全員の動きが止まった。
レナがすぐ入口側へ半歩出る。
ユラは反射で灯りを一段落とし、カナデはファイルを閉じた。
ミオだけが耳を澄ませている。
数秒。
それだけで長い。
「……見回りじゃないです」
ミオが小さく言った。
「確かか」
「はい。足が止まりすぎてます」
「確認したい人の立ち方です」
玲司は短く考えた。
「レナ、入口前」
「ユラは照明」
「カナデ、見つけた紙だけ確保」
「ミオ、音を薄く」
全員がすぐ動く。
だが、その気配はまたすぐ離れた。
「覗いただけか」
レナが低く言う。
「たぶん、板戸が開いてないか見に来た」
カナデが答える。
「定期確認か、誰かの指示かまでは分からないけど」
玲司は再び古い検証資料へ目を戻した。
今のは脅しかもしれない。
けれど、だからといってここで引けば、次はもっと深く沈められる。
ページをめくる。
事故後検証。
救助導線再評価。
外部協力先との責任分担。
言葉は整っている。
だが読めば読むほど、目的は一つだった。
事故を減らすことじゃない。
事故を小さく見せることだ。
「先輩」
ミオが別の束から一枚を抜く。
「この年度、崩落点が三つあります」
「公開版は一つだけです」
玲司は紙を受け取った。
見取り図の赤線が三箇所に引かれている。
しかも一つは救助待機列のすぐ脇だ。
「待機列を巻き込む崩れ方だ」
「……うん」
ユラの声がさっきより低い。
「今の学園がやってることと、だいぶ似てるね」
玲司は見取り図の脇へ目を落とした。
崩落前配置のメモ。
資材置場の位置。
補助導線の仮封鎖。
その三つが、今度の中層実習で予定されている資材配置と似すぎている。
つい最近、カナデが拾った中層実習の仮配置案。
待機列の脇に寄せられた資材箱。
理由の薄い立会い枠。
あの違和感と、紙の上の古い事故図が重なる。
「似てる、じゃない」
玲司は言った。
「今も同じやり方を使うつもりだ」
準備室で見てきた断片が、ここで一本に繋がった。
過去の事故を調べているんじゃない。
次の事故の設計図を読み直しているのに近い。
レナが舌打ちする。
「じゃあ中層実習も、待機列から食う気か」
「可能性は高い」
カナデが言う。
「資材配置を導線へ寄せるのは、昔から同じ」
「事故に見せやすく、責任を分散させやすいから」
ミオが棚番号メモを見ながら続ける。
「保管コードも世代をまたいでます」
「年度が違っても、隠した資料だけ移し替え方が似てる」
「流通路だな」
玲司が言う。
誰か一人の悪意じゃない。
学園の中で隠し、外と表現を揃え、必要な時だけ取り出してまた沈める流れがある。
事故そのものより、その後の処理の方が長く生きている。
ユラが小さく息を吐いた。
「やだな、それ」
「一回や二回の悪事の方が、まだ気分が楽だった」
「楽な方へ寄せるな」
レナが言う。
「見えたなら切るしかないだろ」
「分かってるって」
ユラは笑わなかった。
「分かってるから嫌なんじゃん」
玲司は古い資料の末尾を見た。
最終所見。
対外説明草案。
学内回覧先。
そして、その後ろで指が止まる。
綴じ直しの跡。
そこだけ穴が一つ足りない。
「……一枚抜かれてる」
「どこ?」
カナデが覗き込む。
「最終所見の後ろだ」
玲司は裏を示した。
「本来もう一枚、添付資料があった」
ミオが棚番号メモと照らす。
「別保管か、持ち出しです」
「何の添付だと思う」
ユラが聞く。
玲司は少しだけ考えた。
報告書の流れ。
綴じ位置。
紙の厚さ。
本文の終わり方。
「たぶん、現場図か、外部協力先の詳細」
「一番消したい紙だ」
準備室で見えていた構造が、さらに一段深くなる。
隠したいものがある。
それを完全には消せない。
だから本体は残し、核だけ抜く。
同じやり方だ。
昔からずっと。
玲司はファイルを閉じた。
「繰り返されていた」
「事故も、隠し方も、使う手も」
それは単なる過去じゃない。
次に来る実習事故へ、そのまま繋がる線だった。
入口側で、レナが低く言う。
「急いだ方がいい」
「今度は足が止まってない」
誰かが、さっきより近くまで来ていた。




