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学校ではモブの俺、裏ではダンジョン救助組織の司令塔 ――《痕跡鑑定》で事故も隠蔽も見抜いてやり直す  作者: 玖城イサ


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92/109

第92話 記録は消されても痕跡は消えない

 

 紙は嘘をつく。

 でも、嘘をつかせた手つきまでは消えない。


 地下の空気が少しだけ張った。


 入口側へ寄ったレナが、二本指を立てる。

 二人。

 小さな合図だけで十分だった。


「正面からは来ないです」


 ミオが耳を澄ませたまま言う。

「見回りなら、もっと迷いがないので」


「確認しに来たか」


 玲司が低く言う。


「ええ。誰かはまだ分かりませんが」


 カナデはすでに必要ページを抜き出していた。

 丸ごと持ち出さない。

 それでは露骨すぎる。

 必要なのは、否定しにくい核だけだ。


「複写は無理ね」

 カナデが言う。

「でも抜き書きと、番号の控えはできる」


「ユラ」


「はいはい」


 ユラは端末を開き、閲覧側の痕を散らし始める。


「古い返却処理と、廃棄帳簿の確認に寄せる」

「あと閉館後の整理ログをちょっとだけ混ぜる」

「ゼロより、雑に働いた人がいた感じの方が自然でしょ」


「やりすぎるな」


「分かってるって」

「わたしだって、図書室全部燃やしたいみたいな痕は残したくないし」


 ミオは元の棚順を見ながら、ファイルの角度まで揃えていた。

 紙の向き。

 箱の重なり。

 取り出した順番。

 こういう場所では、それ自体が痕になる。


「先輩」

 ミオが小さく言う。

「この束だけ、戻す前に番号見てください」


 玲司は受け取る。

 保管コード。

 移送番号。

 廃棄済み扱いの印。

 だが印の下に、別の朱印が薄く透けている。


「再分類」


「はい」

 ミオがうなずく。

「捨てたんじゃなくて、隠す棚へ送ってます」


「廃棄済みって顔で生かしてるのか」


 レナが吐き捨てる。


「人と同じだな」


 誰もそこで返さなかった。


 玲司は必要箇所を頭に入れた。

 死傷者数の差。

 黒峰関連会社名。

 外部協力先との表現統一。

 抜かれた添付資料。

 再分類印。


 これで十分とは言わない。

 でも、ゼロじゃない。

 今までより一段深く、学園の過去そのものへ手をかけたことになる。


「撤収する」


 玲司が言った。


「まだ見たいのありますけど」


 ユラが低く言う。


「あるだろうな」

 玲司は答える。

「でも今欲張ると、次が消える」


 カナデが短くうなずく。


「正しいわ」

「今夜は“見つけた”より、“持ち帰れた”の方が重要」


 レナが入口側の気配を聞きながら言う。


「二人とも、まだ外にいる」

「入る気なら、とっくに来てる」

「様子見だな」


「こっちも様子見で返す」

 玲司は言った。

「板戸は戻す。錠も元通り」

「誰かが見に来ても、“いつも通り何もない”に見せる」


 ミオはすでに動いていた。

 可動棚を元へ戻し、解除棒の位置も揃える。

 埃の切れ方まで、できるだけ前と同じに寄せる。


「戻せますか」


 玲司が聞く。


「完全には無理です」

 ミオは静かに答えた。

「でも、雑に見たら分からないくらいには」


 それで十分だった。


 ユラが端末を閉じる。


「こっちも終わり」

「古い棚確認と廃棄帳簿の閲覧、あと閉館処理の迷いが少し」

「真面目な人が残業したくらいには見えるはず」


「真面目な人ね」

 カナデが言う。

「この学校では珍しいわ」


「ひど」


 その軽口で、少しだけ空気が緩む。


 玲司は最後に、最初の事故報告書の背を指でなぞった。

 修正液。

 差し替えた紙。

 綴じ穴のズレ。

 嘘の上から整えた痕。


 記録は消されても、痕跡は消えない。


 それは玲司の能力の話だけじゃない。

 この学園が長い時間をかけて隠してきたもの全部に言えることだった。


「行くぞ」


 板戸まで戻る。

 ミオが錠を掛け、ユラが外側の気配を読む。

 レナが先に半歩出て、カナデが最後に床を見る。


「……大丈夫」

 ミオが小さく言う。

「今は誰も近くにいません」


 通路を抜け、返却棚の裏へ戻る。

 昼と同じ図書室だ。

 でも、もう見え方が違う。


 学園と黒峰は、最近繋がったんじゃない。

 昔から、同じ事故を小さく見せ、同じ紙を抜き、同じように沈めてきた。


 準備室へ戻ったあと、カナデは抜き書きした紙を机へ並べた。

 ユラは保全した番号を端末へ移し、ミオは保管順のメモを静かに整える。

 レナは壁にもたれたまま、ようやく息を吐いた。


「で、どうする」


 玲司は紙を見た。

 番号。印。名前。差し替え跡。

 どれもまだ断片だ。

 でも断片で終わらない形にはなった。


「追う」


 短く言う。


「個人じゃない」

「場所と流れを追う」

「どこで隠し、誰が触り、何を抜いてきたか」

「その全部を束ねる」


 ユラが珍しく茶化さずに聞く。


「学園の過去そのもの、ってやつ?」


「ああ」


 玲司は答えた。


 学園の今を疑う段階は終わった。

 ここから先は、学園の過去まで敵に回すことになる。


 その時、ミオが小さく言った。


「先輩」


「何だ」


「今日の棚番号、ひとつだけ、別の場所に続いてます」


 玲司の目が細くなる。


「どこだ」


「職員棟側の記録庫です」

 ミオは言った。

「たぶん、抜かれた添付資料の行き先」


 カナデがすぐに視線を上げる。


「職員棟側なら、司書じゃなく教師権限ね」


「だから次は、書架じゃなく人も見る」

 玲司は言った。

「鍵を持つ大人の側だ」


 準備室が静まる。


 今夜見つけたのは終点じゃない。

 次へ続く番号だ。

 しかもその先には、閉じた棚だけじゃなく、誰が持ち出せるかまで絡んでくる。


 玲司は机の紙を見たまま、低く言った。


「ようやく掴んだな」


 敵の今じゃない。

 敵が積み重ねてきた過去へ触れるための、次の鍵を。

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