表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
学校ではモブの俺、裏ではダンジョン救助組織の司令塔 ――《痕跡鑑定》で事故も隠蔽も見抜いてやり直す  作者: 玖城イサ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/11

第9話 配信好きの目撃者

 

 違和感は、実習が終わったあとに来た。


 訓練区画Bの小事故は、設備不良ということで雑に片づけられた。

 床材の一部沈下。軽い転倒未遂。注意喚起で終了。教員の口ぶりは、拍子抜けするほど平坦だった。


 玲司は列の流れに混ざりながら、もう一度だけ現場を見た。


 沈んだ床。

 半端な位置で止まった搬送ラック。

 事故後に慌てて戻された資材。

 そして、さっきまではなかった靴跡。


 誰かがあとから入っている。


 点検なら、もっと散る。

 確認なら、立ち止まる。

 これは違う。拾う場所だけ踏んで、すぐ抜けた足取りだ。


 小さすぎる。

 けれど、前の時間軸で何度も嗅いだ臭いに近い。


 玲司は目を細めたが、今は追えない。

 ここで一人だけ逆流すれば、それこそ目立つ。


「水城、戻るぞ」


 班の男子に呼ばれ、玲司は短くうなずいた。

 いつも通りの顔で、その場を離れる。何も知らない、地味なクラスメイトの顔で。


 それで終わるはずだった。


「ねえ、玲司」


 出口手前で、横から軽い声が落ちた。


 朝比奈ユラだった。


 さっきまで友人に囲まれていたのに、今は一人で立っている。表情は明るい。けれど目だけが少し違った。面白がっているだけの目じゃない。確認する側の目だ。


 玲司は足を止めない。


「何」


「ありがと」


「別に」


「そこ、否定しないんだ」


 少し笑う声。

 だが軽すぎない。


「近くにいただけだろ」


「ふーん」


 ユラはそう言って、スマホを指でくるりと回した。

 何気ない仕草だったが、玲司の視線はそこへ吸われる。


 黒いケース。

 レンズが二つ。

 画面には、撮りっぱなしの短い動画一覧が並んでいた。


 玲司の歩幅がわずかに狂う。


 ユラはそれを見逃さなかった。


「やっぱそこ気にするんだ」


「……何の話だよ」


「さっき、ちょっと撮ってたんだよね。友だちとのやつ」


 軽い言い方だった。

 だが、その一言で玲司の胃が冷える。


 前の時間軸にはなかった変化だ。

 少なくとも、玲司の記憶にはない。


 ユラは普段からそういうことをするタイプなのだろう。友人との短い動画。実習の空気。何でもない日常の切り取り。そういう“見せる前提”の記録に慣れているやつの手つきだった。


 問題は、その中に何が映ったかだ。


「別に、変なの撮れてないよ」


 ユラはそう言ってから、わざと一拍置いた。


「……たぶん」


 玲司は無言でユラを見る。

 ユラも見返す。


 周囲ではまだ生徒たちがだらだらと歩いている。

 誰もこっちを気にしていない。

 それでも、玲司には妙に息苦しかった。


「見せろ」


「え、そんな言い方?」


「確認したいだけだ」


「怖」


 口ではそう言いながら、ユラは嫌そうにしなかった。

 むしろ待っていたみたいに画面を開く。


 数秒の動画だった。


 友人の笑い声。

 揺れる画面。

 模擬鉱石。

 それから、床の前で足を止める自分。


 玲司は無意識に呼吸を浅くした。


 動画の中の自分は、崩れる前に動いていた。

 朝比奈の進路へ先回りし、固定ピンを弾き、「触るな」と止めている。


 その直後、床が沈む。


 偶然にしては速すぎる。


 ユラは再生を止めた。


「ね?」


 玲司は答えなかった。


 ユラはスマホを胸元へ戻す。


「なんで分かったの?」


 玲司は視線を切る。


「たまたまだ」


「それ、動画見たあとで言う?」


「言う」


「へえ」


 ユラは少しだけ口角を上げた。

 軽い。

 けれど、引いていない。


 それが玲司には一番まずかった。


「朝比奈」


「なに」


「それ、誰にも見せるな」


 今度は、ユラの方が一瞬だけ黙った。


 軽口が止まる。

 代わりに、短い観察の間が入る。


「……見せられたら困るやつなんだ」


 玲司は何も言わない。

 否定も肯定もしない。


 廊下の向こうから、誰かがユラを呼ぶ声がした。

 ユラはそちらをちらりと見てから、また玲司へ戻る。


「ふーん。そっか」


 それだけ言って、彼女はいつもの顔に戻った。


「朝比奈ー、先行くよ!」

「はーい、今行く!」


 明るい返事。

 そのままユラは二歩だけ離れ、また振り向く。


「玲司」


 名前で呼ばれたのは、たぶん初めてだった。


「あとで、もう一回聞く」


 玲司は眉をひそめた。


「聞くって何を」


「なんで分かったのか」


 ユラはスマホを軽く持ち上げる。

 黒い画面に、さっきの数秒がまだ残っている。


「これ、止めるともっと変なんだよね」


 玲司の目が細くなる。


「一秒前で止めても、半秒前で止めても、あんただけ先に動いてる。フレーム送りすると分かるやつ」


 言ってから、彼女は友人たちの輪へ戻っていった。

 もう笑っている。もういつもの空気に溶けている。


 切り替えが速い。

 だからこそ厄介だ。


 玲司はその場に立ったまま、奥歯を噛んだ。


 ひとりだけ救えた。

 未来は少しずれた。

 その手応えは確かにあった。


 だが同時に、見られた。


 偶然を装って動いたつもりだった。

 目立たない範囲に収めたつもりだった。

 それでも、あの数秒を切り取られたら、言い逃れは細くなる。


 しかも朝比奈ユラは、撮っただけで終わるタイプじゃない。

 見返す。止める。比べる。違和感を拾う。


 たぶん、次はもっと踏み込んでくる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ