第84話 偽情報を流せ
見られているなら、見せるものを選べばいい。
翌日の放課後、準備室の机には三枚の紙が並んでいた。
どれも任務書に見える。
どれも本物っぽい。
でも、本物は一つもない。
ユラが一枚目をつまむ。
「違法採掘の再調査。いかにも食いつきそう」
「実際、食いつくでしょうね」
カナデは二枚目を整えた。
証人移送。時刻付き。経路付き。
ただし経路は偽物だ。
ミオは三枚目に視線を落としている。
学園倉庫の夜間調査。
これも、細部だけ本物に寄せてある。
「三つとも、現実にありそうです」
「ありそうじゃないと意味がないからな」
玲司は答えた。
今回の狙いは単純だ。
ルートごとに、少しずつ内容の違う偽任務情報を流す。
違法採掘。証人移送。倉庫調査。
どの情報にどこが反応するかで、漏洩元を絞る。
ただし、単純だからこそ雑には組めない。
「確認する」
玲司が言った。
「本物の証人は使わない」
「実際の倉庫も使わない」
「現場には誰も置かない。置くなら痕だけ残せる場所だけだ」
レナが腕を組む。
「釣るために誰か危険に晒したら、本末転倒だしな」
「そういうこと」
玲司はうなずいた。
カナデが紙を指で押さえる。
「流し方も分けるわ」
「違法採掘の方は、外部実習寄りの噂として」
「証人移送は、教務系の断片として」
「倉庫調査は、学内の夜間立入に近い形で」
「実際にはどう変えるんだ」
レナが聞く。
カナデは一枚目を見た。
「違法採掘の方は、“南側の低危険度区画で再調査が入るらしい”程度」
「場所は曖昧、時刻も広い。外へ抜けやすい形にする」
次に二枚目。
「証人移送は逆よ」
「時刻は細かく、経路も具体的に見せる」
「ただし、拾えるのは一部だけ。知っている人間ほど続きを補完したくなる形にする」
最後に三枚目へ指が移る。
「倉庫調査は管理話に寄せる」
「“夜間鍵確認”“棚卸し補助”“立入番号の照合”みたいな、外の人間には価値が薄く見える言葉で包む」
「でも校内で鍵を触れる人間なら、逆に気になる」
ユラが口元を上げた。
「同じ嘘でも、喋り方を変えるってことね」
「そうだ」
玲司はうなずく。
「違法採掘は、聞いたやつがその日のうちに外へ回したくなる温度で流す」
「証人移送は、知ってる人間だけが半分だけ聞いている感じでいい」
「倉庫調査は、校内の管理話にしか見えない形にする」
「こっちは任せて」
ユラが一枚目をひらひらさせる。
「“聞いちゃったんだけど”で回すには、重すぎず軽すぎずがちょうどいいし」
「軽すぎるのはやめろ」
「わかってるって」
ユラは肩をすくめる。
「ほんとにヤバい噂って、みんな意外と小声で回すし」
それも正しい。
ユラは人の流し方を知っている。
ミオが三枚目を見たまま言う。
「倉庫の方は、申請番号だけ本物に近づけます」
「でも、鍵番号はずらしておきます」
「詳しく知ってる人ほど、違和感に気づかないくらいのずらし方にします」
「できるか」
「たぶん」
その“たぶん”は、ミオの中ではかなり高い方だった。
レナが玲司を見る。
「あたしは?」
「表では何もしない」
玲司は即答した。
「必要なら朝に現場確認だけだ」
「食いついた側の痕を見る役でいい」
「了解」
短い返事だった。
準備が進むにつれ、三つの紙はただの文書じゃなくなっていく。
誰に見せるか。
どう漏れるか。
どの立場の人間が拾いたくなるか。
嘘そのものより、嘘の流れ方を設計している感覚に近かった。
「これ、ちょっと変な感じですね」
ミオが言う。
「何が」
「敵を探すんじゃなくて、敵の方に選ばせるので」
玲司は少しだけ考えてから答えた。
「向こうがずっとやってきたことだからな」
「こっちが何を見るか、何を切るか、先に選ばせないようにしてきた」
「だったら一回、逆をやる」
カナデが静かに言葉を継いだ。
「見た時に何が見えるかを、こちらが先に作るのよ」
準備室が静まる。
今必要なのは、学校の中にある複数の窓を、一度ずつ違う光で照らすことだ。
「今夜から流す」
玲司が言った。
「まず倉庫」
「明日、証人移送」
「違法採掘は昼だ」
「順番も餌の一部、ってことね」
ユラが言う。
「そうだ」
玲司は三枚を重ねた。
一つの嘘で一人を釣るんじゃない。
三つの嘘で、混ざった目を分ける。
扉を開ける前、ユラがふいに笑った。
「ねえ、ちょっと楽しいのやだ」
「遊びじゃない」
「わかってる」
ユラの声は軽い。
でも浮つきはない。
「だから余計に、ちゃんと勝ちたいんじゃん」
玲司は何も返さず、扉へ手をかけた。
準備室の外には、いつもの学校が広がっている。
廊下。下校の声。文化祭後の残り香。
その中へ、三つの嘘を混ぜる。
最初に食いつくのがどの餌か。
それだけで、敵の顔は少し変わる。
だがもし、三つ全部に別々の手が伸びたら。
玲司は扉を開けながら、その最悪だけは先に想像した。
その時はもう、密告者を探す段階じゃない。
学園そのものの構造を疑う段階に入る。




