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学校ではモブの俺、裏ではダンジョン救助組織の司令塔 ――《痕跡鑑定》で事故も隠蔽も見抜いてやり直す  作者: 玖城イサ


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第82話 内側にいる目

 


 図書室は、人の気配が薄いほど情報が濃くなる。


 放課後前の短い時間、ミオは返却台の陰で端末を開いていた。

 表向きは蔵書管理。実際には、学内掲示板の閲覧傾向と、教務端末周りの使用時間の偏りを重ねている。


 カウンターの向こうでは貸出印が小さく鳴る。

 遠くで椅子を引く音がして、参考書の棚では二年の男子がページをめくっていた。

 静かだ。

 でも、何も止まってはいない。


 静かな場所ほど、雑な人間は油断する。

 それは図書室でも変わらなかった。


「神谷さん、この雑誌、まだ返ってる?」


 一年の女子が声をかけてくる。


「……下の棚です」


「ありがとー」


 会話はそれで終わる。

 相手はミオの机の上なんて見ない。見ても分からないと思っている。

 だからミオは、いつも通り静かな顔で、見えるものを拾い続けた。


 昼休みの会話のあと、玲司から来た指示は短かった。


 無理に一人へ絞るな。

 混ざってるなら、混ざってる形のまま拾え。


 それがありがたかった。

 玲司は、答えが一つに見えない時に無理やりまとめる怖さを分かっている。


 ミオは閲覧履歴を追った。

 実習区画の立入許可。

 夜間申請。

 搬入出の補助記録。

 事故報告の更新履歴。

 その周辺だけ、見に来る人間の時間帯が妙に固まっている。


 しかも、同じ端末からじゃない。


 教務棟二階の共有端末。

 部室棟脇の申請端末。

 図書室奥の旧閲覧機。

 場所が散っている。


「……一人じゃない」


 小さく呟いてから、ミオは別の画面へ移った。


 学内掲示板の非公開側。

 文化祭後の片づけ、実習予定変更、立入制限、教員会議の断片。

 そういうどうでもよさそうな情報だけが、一定の速さで外へ漏れている。


 全部じゃない。

 必要なものだけが抜かれている。


 そこへカナデから短いメッセージが入った。


 風紀委員側の巡回表、二箇所だけ直前変更。

 変更理由は雑。

 後で見せる。


 さらにユラからも来る。


 こっちは部室棟側。

 企業の来訪札、返却時間が三回だけ遅れてる。

 しかも全部、実習関係の週。


 ミオは画面を閉じた。

 見えてきたのは、犯人の顔じゃない。

 見方の違いだった。


 ある視線は、校内の手続きへ寄っている。

 ある視線は、人の出入りへ寄っている。

 ある視線は、噂の温度だけを拾っている。


 やり方が違う。

 欲しいものも少しずつ違う。


 授業後、図書室の奥で玲司と合流すると、ミオは最初にそう伝えた。


「ひとつの手じゃありません」


 玲司は棚の間に立ったまま聞く。


「根拠は」


「見ている場所が、揃ってません」

 ミオは端末を差し出す。

「実習の更新履歴を追う目もある。でも、それだけなら教務系です」

「その一方で、部室棟の出入りと来訪札の返却時間だけを拾う線もあります」

「それから、掲示板の断片だけを早く見てる目もあります」


「目的が違うってことか」


「たぶん」

 ミオは小さくうなずいた。

「同じ相手が全部やるなら、もう少し癖が揃います」

「でも今は、混ざってます」


 そこへ、書架の向こうで本を戻す音が二度鳴った。

 司書補助の生徒が台車を押して通る。

 それをやり過ごしてから、玲司はもう一度画面を見た。


 時間帯も、窓口も、綺麗すぎない。

 だから逆に嫌だった。


「見てる側が複数いる」


「はい」


「しかも同じ目的じゃない」


「たぶん」


 そこへユラが、図書室に入るなり小声で言った。


「静かだねえ。ここだけ別世界」


「喋るな」


「わかってるって」


 言いながら、ちゃんと声は落ちている。

 そのまま玲司の隣へ来て、ミオの画面を覗き込んだ。


「うわ、嫌な感じ」

「これ、誰か一人が頑張ってる絵じゃないね」


「同意見だ」


「だよね。しかも、見てる場所がいやらしい」

 ユラは画面の端を指す。

「実習の予定だけ見てるならまだ分かる。でも、搬入とか来訪札まで拾ってるの、学校の噂遊びじゃないじゃん」


 その言い方は正しかった。

 好奇心のラインを越えている。

 もっと実務的で、もっと冷たい。


 遅れてカナデも来た。

 風紀委員の腕章はもう外しているが、空気の硬さは変わらない。


「持ってきたわ」


 差し出されたのは巡回表の写しだった。

 二箇所だけ、直前の差し替えがある。

 どちらも実習関連の書類が通る時間帯と重なっていた。


「この変更自体が密告とは限らない」

 カナデは先に線を引いた。

「ただ、変更が起きた場所と、誰かが見ていた窓が一致している」


「つまり?」


 ユラが聞く。


「誰か一人の裏切りを探す段階ではない、ということよ」


 カナデの声は静かだった。

 でも刃みたいに明確だった。


「学校の中で、違う立場の人間が、違う理由で同じ情報帯を見ている」

「それが偶然同時に起きているとは考えにくい」


 玲司は図書室の窓の外を見た。

 校庭では運動部が走っている。

 笑い声も聞こえる。

 何も壊れていないように見える。


 その内側で、誰かが見ている。

 しかも一人ではない。


「絞れないですね」


 ミオが小さく言う。


「今はな」


 玲司は答えた。


 絞れない相手を追えば、逆にこちらの手札が減る。

 読ませない相手に対して、こちらだけ正直に動くのが一番悪い。


「でも」


 ユラが口元を上げる。


「混ざってるなら、分ければいいんじゃない?」


 玲司はその一言に視線を向けた。

 ユラはいつもの軽い顔のまま、ちゃんと芯のある目をしている。


 図書室の静けさの中で、その発想だけが妙にはっきり浮いた。


 一人の密告者じゃない。

 複数の視線だ。


 なら次にやるべきことも、一つじゃなくていい。


 玲司は短く言った。


「準備室で詰める」

「候補を並べるところからだ」


 図書室を出る時、ミオは一度だけ振り返った。

 静かな棚。並んだ背表紙。見られていないふりをして、実はいちばん見ている場所。


 内側にいる目は、たぶんもう、こちらが動き始めたことにも気づいている。


 だからこそ次は、読む側じゃなく、選ばせる側に回る必要があった。

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