第81話 読まれすぎた行動
敵の反応が早すぎる時は、先回りされたんじゃない。
先に見られていたと考えた方がいい。
月曜の朝、玲司は教室後ろの掲示板を見ながら、学園祭の日の裏導線を思い返していた。
黒峰は設備業者の顔で校内へ入り、誰も知らないみたいに部室棟の裏まで伸びた。
八代は脅しだけを残して引いたが、あれは脅しそのものより、「ここまで見えている」と知らせるための言葉だった。
あの一件だけでも充分に異常だ。
だが本当に引っかかっているのは、もっと前から続いていた速さの方だった。
違法採掘の現場では、証拠を持ち帰るより先に潰しに来た。
証人の保護でも、口を塞ぎに来る動きが妙に早かった。
焼かれた証拠庫も、学園祭の差し込み許可も、偶然にしては噛み合いすぎている。
外から見ているだけの連中に、あそこまで順番よく当てられるか。
「水城、文化祭ロスっぽい顔してんな」
後ろの席の男子が言った。
「元からだろ」
「いや、今日はちょっと陰ってる」
「便利な言い方だな」
「お前にだけは言われたくないわ」
周囲が小さく笑う。
軽い。いつも通りだ。
窓際では、誰かが文化祭の動画を見返して騒いでいる。
机の端には片づけ切れなかった色紙が残り、担任は「いい加減捨てろよ」と投げやりに言っていた。
その輪の向こうで、ユラも友達に混ざって笑っていた。
笑っているくせに、一度だけこちらを見て、すぐ何でもない顔へ戻る。
玲司は視線を外した。
学校は演技空間だ。
何もなかったふりをする場所で、何かが起きていた痕だけを拾う。
四時間目の終わり、風紀委員の巡回が教室前を通った。
先頭にいるカナデはいつも通り無駄がない。腕章も、歩幅も、視線の置き方も崩れない。
誰かがプリントを落とし、カナデがそれを拾って机へ置く。
ついでみたいに玲司の机の端も一度だけ見る。
本当に、よく見ている。
昼休み、玲司は購買へ行かず、中央棟裏の階段踊り場へ向かった。
人が少なく、声が抜けやすい場所だ。
先にいたのはミオだった。
いつものように本を抱えている。けれど、その中には薄い端末も混ざっている。
「先輩」
「何か出たか」
「まだ、断定はできません。でも」
ミオは本を開くふりで画面を見せた。
校内掲示板の閲覧時間。教務端末の参照履歴。部室棟周辺の出入りメモ。
ばらばらの数字が、細い線で繋がっている。
「最近、先輩たちが動いた日のあとだけ、同じ種類の閲覧が増えてます」
「どういう種類だ」
「立入記録と、搬入申請と、実習関連です」
「直接TRACEを探してるというより、“先に何が起きるか”を読むための見方です」
玲司は短く息を吐いた。
やはり、だ。
そこへイヤホン越しにユラの声が割り込んだ。
『ねえ、その顔、当たってる時のやつ?』
「お前、いつから聞いてた」
『ミオが先に送ってきた時から。というか、そこまで固い顔すると逆に目立つんだけど』
「黙ってろ」
『はーい。で、結論は?』
玲司は階段の下を見た。
掃除当番の生徒がバケツを持って通り過ぎていく。
本当に、ただの昼休みだ。
「偶然じゃない」
ミオが小さくうなずく。
「わたしも、そう思います」
『だよねえ』
ユラの声は軽い。だが軽薄ではない。
『学園祭の日だけなら“向こうも頑張った”で終わるけど、その前からずっと早いもん』
「問題は経路だ」
玲司は言った。
「外から覗いてるだけじゃ、ここまで合わない」
「誰かが中で見てる」
その瞬間、上の階で扉が鳴った。
カナデだった。
風紀委員の見回り中という顔のまま、こちらへ来る。
でも立ち止まった位置は、会話の輪に入る距離だった。
「ようやく同じ結論に着いたのね」
「盗み聞きか」
「聞こえる場所で話している方が悪いわ」
それはそうだ。
玲司は否定しない。
カナデはミオの画面へ一度だけ目を落とした。
「最近のあなたたちの動き、読まれすぎている」
「外部企業だけで説明するには、噛み合いすぎているわ」
「風紀委員はどう見る」
「学校の中に、こちらを見ている目がある」
カナデは淡々と答えた。
「しかも一つでは済まない可能性が高い」
階段の窓から風が入る。
紙の端がわずかに揺れた。
玲司はその揺れを見ながら、黒峰のやり方を思い出す。
事故を作る。
証拠を消す。
見える人間から先に線を引く。
そのために必要なのは、力だけじゃない。
こちらの順番を知る目だ。
「準備室」
玲司が言う。
「放課後、全員集める」
「もう偶然扱いはやめる」
ユラがイヤホンの向こうで小さく笑った。
『やっとそう来た』
ミオは端末を閉じかけて、指を止めた。
「……先輩」
「何だ」
「今、増えました」
画面の端に、新しい閲覧履歴が一件だけ浮いていた。
実習関連の内部フォルダ。
夜間立入の確認欄。
閲覧時刻は、今。
この階段で結論を口にした直後だった。
玲司は画面を見たまま、低く言う。
「見られてるな」
今この学校のどこかにいる誰かが、こちらの動きに合わせて窓を開いた。
それだけで充分だった。
もう疑いではない。
次に必要なのは、疑わせるための手を打つことだった。




