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学校ではモブの俺、裏ではダンジョン救助組織の司令塔 ――《痕跡鑑定》で事故も隠蔽も見抜いてやり直す  作者: 玖城イサ


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第80話 黒峰を倒す理由

 

 脅しの文句より厄介なのは、それを言える場所を持っていることだった。


 空き教室の窓の外では、学園祭の終わりが近づいていた。

 呼び込みの声は減り、代わりに片づけの台車が増えていく。

 明るかった一日が、ようやく裏側の顔へ戻り始めている。


 玲司は机の上に、今日の記録を並べた。

 東雲設備管理の申請書。

 名簿外通行の追記。

 配線室の一時開錠記録。

 ミオが抜いた来賓動線の時刻。

 カナデが押さえた実行委の処理履歴。

 搬入箱の写真。

 偽ロゴの比較。

 そして、八代宗吾の名札画像と、去り際の録音データ。


「まず確認する」

 玲司が言う。

「今日の黒峰は、設備点検の顔で学院に入った」

「目的は配線室の確認か、仕込みの下見」

「接触役は八代宗吾。黒峰幹部」

「しかも、あいつは俺を“ただの学生”として見てなかった」


「そこが一番嫌ね」

 カナデが淡々と返す。

「向こうが既に観測対象としてあなたを見ている」

「しかも、学校という制限の多い場所で脅しまで置いていった」

「事故を起こす側が、事故の前に目撃者へ線を引いた形だわ」


「しかも柔らかくね」

 ユラが腕を組む。

「『余計なことを知る学生は長生きできない』って、怒鳴るんじゃなくて普通に言うのが最悪」

「怖がらせるためじゃなく、当たり前の確認事項みたいに置いてった感じ」


「それが黒峰なんでしょう」

 カナデが言う。

「暴力そのものより、暴力が行われる前提を先に通す」


 レナが短く吐く。


「気に入らねえな」


 ミオも小さく続ける。


「今日のだけでも充分です」

「学校に入る」

「記録を差し込む」

「裏導線へ入る」

「見た側を脅す」

「これを一日でやってる」

「放っておく理由がないです」


 玲司は机上の紙を一つずつ見た。

 個人的な怨みはある。

 それはもう否定しない。

 でも、それだけでTRACEを動かすつもりはなかった。


「個人的な理由はある」

 玲司が言う。

「前の現場で、八代は見捨てる側にいた」

「そこに私怨がないとは言わない」


 ユラは何も茶化さず、短くうなずく。


「うん」


「でも、それ抜きでも理由が揃いすぎてる」

 玲司は続ける。

「黒峰は事故を作る」

「証拠を消す」

「制度の隙間を使う」

「学校の中にまで入る」

「見えるやつから先に切る」

「未来でも同じことをやる」


 ミオが端末を抱えたまま言う。


「放っておくと、次も死にます」

「証拠が残らない形で」


 レナが腕を組み直す。


「潰す理由としては充分だな」


「充分です」

 カナデも淡々と重ねた。

「組織目標として整理するなら、こうなる」

「黒峰クランを、事故隠しと不正運用の中核敵対勢力として扱う」

「優先は変わらない」

「人命、証拠保全、追跡回避、最後に戦闘」

「倒す、は感情じゃなく、構造として止める意味に置く」


 玲司はその言葉を一度だけ頭の中で反復した。

 それが必要だった。

 怨みの火を、そのまま組織へ流し込まないために。


「そうする」

「黒峰を倒す」

「でも、殴って終わりじゃない」

「証拠で崩す。救助で先を取る。必要な時だけ叩く」

「八代一人を追うんじゃない。黒峰の回り方そのものを止める」


 ユラが少しだけ笑う。

 軽い笑いじゃない。

 納得に近い笑い方だった。


「玲司っぽい」

「ちゃんと怖くて、ちゃんと面倒」


「褒めてないな、それ」


「半分は褒めてる」


 少しだけ空気が緩む。

 でも、そこで終わらせる話じゃなかった。


 レナが窓の外を見ながら、ぶっきらぼうに言う。


「学校まで使う相手なら、遅かれ早かれまた来る」

「次は祭りの日とは限らねえ」

「なら、来るたび足場削るしかねえな」


「ええ」

 カナデがうなずく。

「協賛、通行申請、来賓処理、実行委補助、教務の差し込み」

「今日だけでも経路が多すぎる」

「つまり、学院側に流してる目がある」


 玲司は八代の名札画像を裏返した。

 そこから先は、黒峰を倒す前提での話になる。


「もう一つ」

「今日の接触、早すぎた」


 ミオが画面を見せる。


「配線室の一時開錠は六時二十分」

「八代との接触は、その後すぐ」

「しかも引き際が正確すぎます」

「こちらが記録を押さえるより先に、必要な時間だけ触って引いてる」


「読まれてるね」

 ユラが言う。

「しかも、たぶん一回や二回じゃない」


「一人とは限らねえな」

 レナが低く続ける。


「たぶん一人じゃない」

 玲司は答えた。

「風紀委員、生徒会、実行委、スポンサー対応、教務」

「今日だけでも、触れる経路が多すぎる」

「学院の中で、どこかが向こうの目になってる」


 カナデが小さく息を吐く。


「学園そのものが市場になってるのね」

「人も記録も通り道が多すぎる」


「だから順番を間違えない」

 玲司は机上の紙をまとめた。

「黒峰を倒す」

「その前に、こっちの漏れ方を切る」


「炙るってこと?」

 ユラが聞く。


「ああ」

 玲司はうなずく。

「学院の中で、誰が何を見て、どこへ流してるか」

「まずそこを切る」

「向こうがこちらを読めるまま、八代に寄るのは悪手だ」


 ミオが小さく言う。


「最近のTRACEの動き、知られるのが早すぎます」


「分かってる」

 玲司は答える。

「だから次は、わざとズレた動きを混ぜる」

「見せる導線と、実際に触る導線を分ける」

「口頭共有も減らす」

「記録の置き方も変える」


 カナデが即座に拾う。


「観測用の餌を撒くのね」


「そうだ」

 玲司は短く言う。

「誰がどの餌に反応するかで、内側の目を絞る」


 ユラの顔つきが少しだけ変わる。

 明るいだけじゃない、仕事の時の顔だ。


「じゃあ次章は地味だね」

「でも一番嫌なやつ」


「嫌で結構」

 玲司は返す。

「向こうは、余計なことを知る学生は長生きできないって言った」

「ならこっちは、余計なことを流すやつから先に炙る」


 レナが口元だけで笑った。


「それでいい」


 窓の外で、最後の模擬店が店じまいを始める。

 祭りの顔が終わる。

 残るのは、片づけと記録と、裏で動いたものだけだ。


 今日、敵の名前は顔になった。

 TRACEの目標も、ようやく曖昧じゃなくなった。


 黒峰を倒す。

 そのために、まず学院の中の目を切る。


 問題は、その“内側の目”が、こちらの行動をどこまで先に読んでいるかだった。

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