第77話 スポンサー企業の裏
祭りの日ほど、裏の顔が先に動く。
学園祭当日の朝は早かった。
まだ一般来場者も入っていない時間なのに、中央棟の裏手はもう人と台車で埋まりかけている。
看板を運ぶ生徒。
模擬店用の消耗品を抱えた実行委。
風紀委員の腕章をつけたカナデが、通行導線の紙を貼り直している。
校庭側からは、テントを立てる金属音まで聞こえた。
表は祭りだ。
でも裏は、いつものように順番で動く場所だった。
玲司は中央棟の裏搬入口へ向かいながら、首から下げた臨時許可証を見た。
学園祭当日の実行補助。
それだけなら普通だ。
問題は、今日この学院に入ってくる“普通じゃない理由を持った人間”の方だった。
「水城先輩」
裏階段の踊り場から、小さな声が落ちる。
先に来ていたミオが、薄い端末を閉じた。
「東雲設備管理、朝の搬入記録、三件です」
「でも、車両番号は一件しか埋まってません」
「他は」
「臨時追記です」
「しかも、追記した人の端末IDが教務系じゃないです」
玲司は画面を受け取り、短く目を走らせた。
東雲設備管理株式会社。
臨時点検。
中央棟裏配線室。
午前六時二十分、一時開錠。
昨日まで見ていた申請書の内容と一致する。
一致しすぎているのが逆に嫌だった。
「印の角度は」
「去年と同じじゃないです」
ミオが言う。
「急いで押したというより、慣れてない人が押した感じです」
「差し込みだな」
玲司が返したところへ、イヤホン越しにユラの明るい声が混ざる。
『こっちは表。今のところ平和でーす』
『生徒会の呼び込みがうるさいくらい』
『あ、でも来賓受付のとこ、一人だけ“業者のくせに慣れすぎてる人”いる』
「特徴」
『年上。三十代後半か四十代くらい』
『スーツ。笑顔きれい。名札は東雲設備管理』
『でも設備の人っていうより、設備の人を管理する側っぽい』
『しかも来賓動線より先に、中央棟の配置図見てた』
玲司は裏搬入口の方を見る。
ちょうどその時、白いワゴン車が一台だけ入ってきた。
車体に東雲設備管理の簡単なロゴ。
新しく貼ったシールみたいに浮いている。
「ミオ、昨日の東雲の過去搬入」
「出します」
ミオが二つ前の記録まで引っ張る。
去年の設備更新。
一昨年の空調保守。
会社名は同じだが、提出されているロゴ画像が微妙に違った。
「社名だけ生かして、中身を差し替えてる」
玲司が低く言う。
ミオも小さくうなずく。
「たぶん、表の会社は本物です」
「でも今回学院に入ってる人たちは、そこに乗ってるだけです」
搬入口では、細長い機材箱が降ろされ始めていた。
どれも設備資材に見せられる形だ。
だが玲司の目は、留め具より先に表面の擦れを見る。
同じサイズの箱を、前にも見た。
南第三区の管理小屋裏。
違法採掘現場近くの仮置き所。
あの時の搬送ケースと、角の補強材の入り方が似ていた。
「……中身は設備じゃないな」
「見えますか」
「外からは断定しない」
玲司は箱から視線を切る。
「でも、設備箱にしては開け閉めが多い」
「封緘テープの重なり方が雑だ。現場で一回開けてる」
その時、カナデが正面から来た。
風紀委員の腕章に加え、今日は実行委向けの補助札までついている。
「東雲設備管理の点検担当、申請上は二人よ」
彼女は歩調を緩めないまま言う。
「でも受付で名乗ったのは三人」
「追加の一人は、来賓の簡易札をつけてた」
「通したのか」
「来賓担当が“協賛先だから”で通したわ」
カナデの声は低い。
「最悪ね」
ユラの声がまた入る。
『その追加一人、今、中央棟に入った』
『手ぶらだけど、手ぶらの人ほど怪しいんだよねこういう時』
「どこへ向かってる」
『表階段じゃない』
『来賓の目線を切って、裏通路側』
裏通路。
つまり、配線室へ最短で行ける導線だ。
玲司は搬入口脇の備品ラックに目を止めた。
そこには、模擬店用の延長ケーブルと予備ブレーカーが雑に積まれている。
今日一日、学院の電力と人流が一番混ざる場所。
配線室を触られれば、ただの停電では済まない。
「目的は盗みじゃないかもしれない」
玲司が言う。
「切る、止める、混ぜる」
カナデが即座に続けた。
「祭りの日なら、配線事故ひとつで動線が崩れる」
「しかも“設備点検の途中でした”で言い訳もつく」
ミオが小さく言った。
玲司は短く息を吐く。
黒峰側がここへ入る理由としては、嫌になるくらい筋が通っていた。
「ミオ、東雲の社名で上がってる臨時許可、全部洗え」
「校内便覧の裏導線と照らせ。今日触れる部屋を先に切る」
「はい」
「カナデは実行委側の記録を押さえろ」
「名簿外の一人を、来賓処理じゃなく通行処理で残させる」
「やるわ」
「ユラは表の空気を切るな」
玲司はイヤホンへ言う。
「でも、その三人の“見られ方”だけ見てろ」
「設備の人間に見えるか、人に見せに来てるかを」
『了解』
ユラの声は軽いままだった。
『あ、ちなみに追加の一人、めちゃくちゃ感じいい』
『感じいい大人って、こういう時いちばん信用できないけど』
玲司は搬入口の箱へもう一度目をやった。
二段目の角に、薄く剥がした跡がある。
その下の塗装色は、東雲の白じゃない。
もっと濃い、別の企業色だった。
学園祭のざわつきの中で、それだけが妙に浮いて見えた。
「……スポンサー企業の裏じゃないな」
玲司が低く言う。
「スポンサー企業を隠れ蓑にした、別の運び手だ」
その時、裏通路の奥で、人の足音が一度だけ止まった。
振り向く。
生徒でも教員でもない革靴の音。
しかも、位置が良すぎる。
配線室へ向かう人間が、一度だけこちらを確認して、また歩き出した音だった。
ユラがイヤホン越しに、少しだけ声を落とす。
『……今の人』
『追加の一人とは別』
『受付の視界にいたスーツと、歩き方が違う』
「どういうことだ」
『受付側の三人はまだいる』
『なのに今、裏通路に“別のスーツ”がいた』
四人とも一瞬だけ黙った。
申請は二人。
受付では三人。
裏にもう一人。
数が合わない。
玲司は裏通路の奥を見る。
祭りの明るさが届かない、その先。
中央棟裏配線室へ続く曲がり角の影で、見覚えのないはずの男が一度だけ立ち止まり、こちらを見た気がした。
ただの設備点検にしては、目の置き方が静かすぎた。
次の瞬間には、もういなかった。




