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学校ではモブの俺、裏ではダンジョン救助組織の司令塔 ――《痕跡鑑定》で事故も隠蔽も見抜いてやり直す  作者: 玖城イサ


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第71話 揺さぶりの手

 

 見えない相手は、揺らした時にだけ輪郭を落とす。


 翌日の夜、準備室には三つの画面が並んでいた。


 一つは公開寄りの匿名動画コメント欄。

 一つは探索者向けの半閉鎖掲示板。

 もう一つは、管理側へ流れるはずのない偽の照会ログ。


 餌は三種類。

 どれも少しだけ違う。


 ユラが指を三本立てた。


「一個目」

「“焼け残った区分板から区画番号の一部が読めた”」

「二個目」

「“旧資材置場の北側搬出口に、未回収の反射記録が残ってる”」

「三個目」

「“次の搬送線が南じゃなく東へずれるかもしれない”」


「露骨なのは三つ目ね」


 カナデが言う。


「だからこそ、管理側寄りの偽照会にだけ混ぜる」

 玲司が答えた。

「公開側に投げるのは一つ目と二つ目だけだ」

「向こうがどの窓を見てるかで、反応の出方が変わる」


 ミオが小さく補足する。


「一つ目は普通の噂に見えます」

「二つ目は、現場を知ってる人なら少し気にするかもしれないです」

「三つ目は、内部に近い窓だけ」


 ユラが笑う。


「要するに、同じ魚に違う餌ぶら下げてる感じね」


「雑に言えばそうだ」


 玲司は短く返した。

 だが内心では、かなり神経を使っていた。


 この手は、一度きりなら使える。

 でも、こちらが揺さぶりを覚えたと向こうに知られれば、次からはもっと深く隠れる。

 だから雑には切れない。


「入れるよ」


 ユラが指先で送信を叩く。


 公開側の短い書き込み。

 半閉鎖側の匂わせ。

 そしてカナデが管理照会ログへ偽の検索語を一本だけ差し込む。


 音もなく、餌は水に落ちた。


「……で?」


 レナが壁際で言う。

「待つだけか」


「待つ」

 玲司は即答した。

「向こうが速い相手なら、反応も速い」

「ただし表には出にくい」


 最初の十分は何もなかった。


 コメントも増えない。

 煽りも来ない。

 再生数も目立って動かない。


 ユラが頬杖をつく。


「つまんないくらい静かなんだけど」


「静かな方がいいです」

 ミオが画面を見たまま言う。

「騒がれると、普通の人まで混ざるので」


 二十分。

 三十分。


 変化が出たのは、いちばん地味な窓だった。


「……来ました」


 ミオの声で全員の目が動く。


「何だ」


「半閉鎖掲示板の閲覧アカウント、一つだけ動きました」

「普段は救助動画しか見ないのに、今日は二つ目の書き込みだけ開いてます」


 二つ目。

 つまり、北側搬出口の反射記録。


 カナデがすぐに別画面を引く。


「同時刻で、外縁東の保守予約が一件だけ取り下げられたわ」

「理由は未入力」


「三つ目じゃなくて?」


 ユラが聞く。


「ええ。三つ目はまだ無反応」

 カナデは目を細める。

「露骨すぎる方は切ってる」

「でも二つ目には触った」


 玲司は画面を見たまま息を浅くした。


 食った。

 ただし、丸呑みじゃない。


 向こうは餌を見ている。

 全部を信じない。

 でも、無視もしない。


「映像寄りの窓だな」


「そうですね」

 ミオが小さく頷く。

「反射記録って言い方にだけ、閲覧の癖が寄ってます」

「現場そのものより、残像とか、記録の残り方を気にしてる人です」


 ユラが口角を上げる。


「はい、ちょっと見えてきましたー」


「まだ早い」

 玲司が言う。

「ここで浮かれると次は外される」


 レナが短く問う。


「次、追うか」


「追わない」

 玲司は即答した。

「今は反応の窓を覚えるだけだ」

「向こうに“釣れた”と思わせる必要もない」


 カナデが淡々と整理する。


「少なくとも一つ分かったわ」

「向こうは公開情報全部を見ているわけじゃない」

「現場の残留記録と映像改変に関係しそうな窓を優先してる」


「管理照会側は?」


「今のところ静か」

「だから三つ目は届いていないか、届いても切ったか」


 玲司は机の上へ視線を落とした。


 敵は雑ではない。

 だが、完璧でもない。


 見ている窓がある。

 気にする語がある。

 無視する餌がある。


 それだけで、昨日までの“何も掴めない相手”よりはずっと戦える。


「今日はここで止める」


「え、もう?」

 ユラが聞く。


「揺らしすぎると、こっちの手を見せる」

 玲司は短く答えた。

「一回で十分だ」


 ミオが画面を閉じかけて、ふと止まる。


「……玲司先輩」


「何だ」


「さっき動いた閲覧アカウント、普段の時間と少し違います」

「いつもは深夜寄りなのに、今日はすぐでした」


 玲司の目が細くなる。


「急いだってことか」


「かもしれません」


 カナデが静かに言う。


「なら、向こうにも余裕がなかった可能性があるわね」


 それは悪くない情報だった。


 揺らせば、即座に確認しに来る。

 つまり、何か守りたい線がまだ近くにある。


 玲司は準備室の窓の外を見る。

 夜の校舎は静かだ。

 でも、その静けさの向こうで、誰かがこちらの一文に反応して動いた。


 見えないまま。

 名前も出さず。

 でも確かに動いた。


「次は、反応した窓の外を洗う」


 そう言ったところで、ミオの画面がもう一度だけ小さく光った。


 彼女は数秒見て、それから顔を上げる。


「……今度は、こっちを見返してます」


 準備室の空気が、また少しだけ変わった。


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