第70話 痕跡以外の網
見つからない相手は、見えない場所で少しだけ雑になる。
翌日の放課後、準備室の机の上には、いつもの現場写真じゃなく数字が並んでいた。
時刻。
閲覧回数。
削除済みコメントの残骸。
閉鎖更新の反映差。
物資搬送の予約変更。
ぱっと見では意味にならない。
だが、意味にならないものを束ねるのは、ミオが一番うまい。
「これです」
ミオが端末を玲司の方へ寄せた。
画面には、匿名動画サイトの管理画面を切り抜いた時刻一覧が出ていた。
TRACEの救助映像そのものではない。
一般探索者が上げた短い切り抜きや、噂をまとめただけの雑な転載も混ざっている。
「外縁南の件の前日から当日朝にかけて」
「関連ワードを含む動画だけ、見る人が少し増えてます」
「でも、増え方が普通じゃないです」
ユラが覗き込む。
「普通じゃないって?」
「見たあとに残らないんです」
ミオは小さくスクロールする。
「高評価も低評価も押さない」
「コメントもしない」
「ただ、十秒から二十秒くらいだけ見て抜けてます」
「しかも複数のアカウントが、ほぼ同じ時間帯で」
「巡回か」
玲司が言う。
「たぶん」
ミオは頷く。
「人が気になって見た感じじゃないです」
「必要なところだけ確認してる見方に近いです」
カナデが別端末を見ながら口を開いた。
「面白いのはそのあとね」
「その時間帯の少し後で、外縁南周辺の保守物資予約が一件だけ変更されてる」
「しかも表向きは“誤登録修正”」
「資材置場の件と繋がる?」
ユラが聞く。
「断定はまだ無理」
カナデは冷静に切る。
「でも、偶然で片づけるにはタイミングが寄りすぎてる」
玲司は二つの画面を順に見た。
閲覧。
搬送。
変更。
それぞれ単体なら弱い。
だが重ねると、誰かがTRACE絡みの情報へ触れたあとで現場側の線が少しだけ動いているように見える。
「他にもあるか」
「あります」
ミオはさらに開いた。
今度は、簡易通話記録の集計だった。
個人までは切れていない。
だが時間帯だけは拾えている。
「閉鎖更新の十分前に、外縁南の管理番号に近い回線が二つだけ短く動いてます」
「そのあと、例の“反応の薄いアカウント”群が一斉に落ちてます」
ユラが口笛を吹きそうな顔をして、やめた。
「うわ」
「ほんとに現場の外で繋がってるじゃん」
「ええ」
カナデが言う。
「痕跡そのものは消せても、伝達と確認の全部までは綺麗に切れてない」
「向こうは現場処理に慣れてる。でも、情報網まで完全無欠ではない」
玲司は机へ手をついた。
読める。
まだ名前はない。
顔もない。
だが、敵の“動き方”が少しずつ輪郭になってきた。
現場にいる人間だけじゃない。
その前に見る人間。
そのあとに動かす人間。
繋ぐ人間。
痕跡を消す者は、一人で完結していない。
「中継があるな」
「はい」
ミオの声は静かだった。
「現場を触る人と、現場外の観測をまとめる人がたぶん別です」
「だから、見るアカウントの癖と搬送変更の癖が少し違います」
「役割分担か」
レナが短く言う。
「余計に面倒だな」
「でも、面倒な分だけ切れる場所も増える」
玲司はそう返した。
今までは、現場へ行ってから読むしかなかった。
だがこのやり方なら、現場へ入る前の網を先に触れる。
向こうが準備する前の揺れを拾えるかもしれない。
ユラが端末の画面を見たまま言う。
「これ、逆に使えない?」
「向こうが見に来る場所があるなら、そこにちょっと嘘を混ぜるとか」
カナデがすぐに顔を上げた。
「朝比奈さん」
「分かってるって。雑にやるなって言いたいんでしょ」
ユラは肩をすくめる。
「でもさ、見てるだけの相手って、見せるものを少しズラした時の方が癖出るじゃん」
玲司は黙った。
危ない提案だ。
でも、悪くない。
今のTRACEはまだ敵の流れを“見つけたかもしれない”段階でしかない。
確かめるには、相手を少しだけ動かす必要がある。
「どんな嘘を混ぜる」
ユラの目が少しだけ光る。
「大きいのはいらない」
「ほんとっぽいやつ」
「例えば、旧資材置場で焼け残った区分板から区画番号の一部が読めた、とか」
「それで向こうが次の保管線をずらすなら、反応になる」
「危険ね」
カナデが言う。
「食いつかれれば、こちらが何を拾えて何を拾えていないかも教えることになる」
「だから一個じゃなくて複数」
玲司が低く言った。
「少しずつ違う餌を置く」
「どれに反応したかで、向こうの見ている窓を切る」
ミオがすぐに理解した顔になる。
「公開側と半公開側で分けますか」
「そうだ」
ユラが笑った。
「お、採用?」
「まだだ」
玲司は即答する。
「でもやる価値はある」
「見えないなら揺らして確かめる」
その一言で、準備室の空気が少し変わった。
守るだけの組織じゃない。
証拠を拾うだけの組織でもない。
ここからは、敵の情報網そのものへ手を入れる段階だ。
カナデが最後に釘を刺す。
「やるなら統制して」
「思いつきの遊びにしたら終わるわ」
「しないよ」
ユラが返す。
「こういうの、遊びっぽく見せる方が上手いだけで」
玲司は机上の時刻一覧をもう一度見た。
現場の外に、細い網がある。
なら次は、その網に指をかける。
「今夜仕込む」
「反応を見るのは明日だ」
頷きが重なる。
焼けた証拠は戻らない。
でも、その焼却を可能にした流れはまだ生きている。
TRACEはようやく、そこへ手を伸ばし始めていた。




