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学校ではモブの俺、裏ではダンジョン救助組織の司令塔 ――《痕跡鑑定》で事故も隠蔽も見抜いてやり直す  作者: 玖城イサ


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第69話 読ませない相手

 


 読めない現場より、読ませない現場の方が質が悪い。


 旧資材置場から戻った夜、準備室の空気は妙に乾いていた。


 机の上には、焼け跡の写真。

 搬出口の開閉ログ。

 死んだカメラの時間帯。

 回収できなかったものの代わりに、回収できなかった事実だけが並んでいる。


 ユラが椅子の背に体重を預けた。


「で、どうするの」

「“悔しいね”で終わる空気じゃないよね、これ」


「終わらせない」


 玲司は焼け跡の写真を一枚だけ机の中央へ寄せた。


「問題は、向こうが何をやったかじゃない」

「何を知ってたかだ」


 カナデがすぐに反応する。


「こちらが現場に食いつく条件」


「そうだ」

 玲司は頷いた。

「高瀬の証言」

「搬出更新」

「外縁南の置き場」

「この三つが揃えば、俺たちは動く」


 ミオが静かに言う。


「しかも、すぐに」


「ええ」


 玲司は短く返した。


「向こうはそこまで読んでた」

「ただ痕跡を消したんじゃない」

「俺が何を手がかりに現場へ入るか、どこから意味を組むか、その順番まで知ってる」


 レナが壁際で腕を組んだまま言う。


「お前の《痕跡鑑定》そのものじゃなくても、癖は読めるってことか」


「近い」

 玲司は机上の別の写真を指で叩く。

「床は消してる。でも全部じゃない」

「焼け跡も潰してる。でも一本だけ読める線を残してる」

「これは“何も残さない”やり方じゃない」

「“こっちに残すものを選ぶ”やり方だ」


 ユラが顔をしかめた。


「最悪じゃん」

「親切にヒント置いてる顔して、読んだ瞬間に外すやつでしょ」


「そうね」


 カナデは感情を乗せすぎない声で言った。


「玲司の読みを折るための消し方だわ」

「現場の後始末というより、読解妨害に近い」


 その言い方は、今の敵を一番正確に表していた。


 痕跡を消す者。

 でも本当に怖いのは、消すことそのものじゃない。


 こちらの勝ち方を知っていることだ。


 玲司は数秒だけ黙った。

 負けた悔しさはある。

 でも、それだけで考えると次も同じ形で負ける。


「今までのやり方は、現場に正解が残っている前提だった」

「残留痕、足跡、改ざん、搬出、焼却」

「そこから逆に組み上げれば追いつけた」

「でも今回は違う。現場が最後の答えじゃない」


 ミオが端末を少し持ち上げる。


「じゃあ、現場に入る前の方を見ないと駄目です」

「更新された時刻」

「誰が見たか」

「どこから広がったか」

「それと、動いた人の外側」


「外側?」


 ユラが聞く。


 ミオは小さく頷いた。


「搬送、通話、コメント、閲覧です」

「現場の痕跡は消せても、その前後の人の動き全部は消しきれないかもしれません」


 カナデがすぐに繋ぐ。


「管理更新の時間」

「カメラが落ちた窓」

「搬出の分散」

「それに、こちらの閲覧履歴まで見ていた可能性もあるわね」


「ある」


 玲司は即答した。


「俺たちは高瀬の証言から置き場へ繋いだつもりだった」

「でも向こうがそれを先回りできたなら、証言そのものじゃなく、その後のこちらの確認手順をどこかで見ていた可能性がある」


 ユラが肩をすくめる。


「つまり、現場だけ見てドヤ顔してるとまた負けるってことか」


「そういうことだ」


 レナが短く問う。


「次からどう変える」


 玲司は一つずつ置いた。


「痕跡一点読みをやめる」

「現場の外に網を広げる」

「搬送」

「更新」

「閲覧」

「配信」

「誰かが動く前の、細い線を先に拾う」


「痕跡以外の網、ね」


 カナデがその言葉を口の中で確かめるみたいに言った。


 悪くない。

 むしろ、ここから先のTRACEには必要な考え方だった。


 玲司が一人で見抜く組織じゃない。

 最初からそういう形にしてきた。

 なら、敵が玲司の読みを折りに来た時点で、次は全員の網で読むしかない。


「明日から洗う」

 玲司が言う。

「旧資材置場に繋がる搬送記録」

「周辺の管理更新」

「それから、あの焼却の前後で不自然に動いた閲覧」


「配信側も見る?」


 ユラが聞く。


「見る」

「向こうが観測慣れしてるなら、一般の救助動画や匿名コメントの流れにも何か残してるかもしれない」


 ミオが少しだけ視線を落とした。

 考えている時の癖だ。


「……一個、あります」


 全員の目が向く。


「まだ確定じゃないですけど」

「TRACE関連の動画が上がったあとだけ、反応の薄いアカウントが何個か同じ時間に動いてます」

「褒めるでも叩くでもなくて、見て、すぐ消える感じです」


 準備室が少しだけ静まる。


 玲司はミオを見る。


「拾えるか」


「やってみます」

「コメントそのものじゃなくて、見たあとに動いた時間を追えば」

「物資移動か、別の閲覧先に繋がるかもしれません」


 カナデが端末を閉じた。


「なら、現場の続きはそこね」

「焼け跡の中じゃなく、焼く前に何が動いたかを見る」


 玲司は頷いた。


 現場では負けた。

 でも、敵が何で勝ったかは見えた。


 なら次は、その勝ち方の外から壊す。


「ミオ」

「今夜、最初の網を張れ」


「はい」


 ミオの返事はいつも通り小さかった。

 でも、その小ささの中に、次の一手がはっきり入っていた。


 焼け跡の外側。

 現場の手前。

 消される前の細い動き。


 次に見るべき場所は、もう倉庫の床じゃなかった。



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