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学校ではモブの俺、裏ではダンジョン救助組織の司令塔 ――《痕跡鑑定》で事故も隠蔽も見抜いてやり直す  作者: 玖城イサ


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第68話 痕跡を消す者

 


 痕跡が消される時、本当に怖いのは“何も残らないこと”じゃない。


 残っているものまで信用できなくなることだ。


 旧資材置場から引いたあと、TRACEは外縁道路脇の使われていない保守区画で一度だけ足を止めた。

 長居はしない。

 振り返りだけやる。


 それが今のルールだ。


 ユラが最初に帽子を外した。


「……やられたね」


 軽く言おうとして、軽くならなかった声だった。


 レナは壁へ背を預けたまま腕を組む。


「追えば取れたかもしれねえ」

「でも、今日の本命はもう死んでた」


「ええ」


 カナデが短く答える。


「追撃より保全」

「撤退は間違ってないわ」


 正しい。

 正しいが、勝ってはいない。


 ミオが端末を見ながら小さく言う。


「外周カメラ、やっぱり変です」

「私たちが近づく前に一回だけ、正面側の記録が切れてます」

「でも全部じゃないです」

「必要な窓だけ落としてる」


 玲司はその報告を黙って聞いた。


 必要な窓だけ落とす。

 必要なものだけ抜く。

 必要な意味だけ壊す。


 全部、同じ手つきだ。


「内部から漏れた可能性は?」


 カナデが問う。


 言い切りではない。

 確認だ。


 玲司は数秒だけ考えた。


「ゼロじゃない」

「でも、今日の現場だけならそれで足りすぎる」


「どういう意味?」


 ユラが聞く。


 玲司は順に置いていく。


「高瀬の証言が出た」

「そのあと搬出更新が動いた」

「搬入番号も揺れた」

「俺たちが食いつく線としては、十分だ」


「つまり、こっちの癖を読めば、待ち伏せじゃなく先回りで足りる」


 カナデが言葉にする。


「そうだ」


 玲司は頷いた。


「俺は現場の噛み合いを重く見る」

「高瀬の言い方、更新時刻、外縁南の位置」

「今までの線に一番きれいに繋がる場所へ行く」


「それを逆に使われた」


 ミオの声は静かだった。


「……はい」


 玲司は短く答える。


「しかも、ただ空にしただけじゃない」

「焼け跡の残し方まで、読ませ方を触ってた」


 ユラが眉を寄せる。


「読ませ方って、そんなの分かるもんなの?」


「分かるやつはいる」


 玲司は即答した。


「現場を読む側が、何を拾って、どこから意味を組むか」

「それを知ってるやつだ」


 レナが低く言う。


「お前と同じ能力持ち、ってことか」


「そこまでは言わない」

 玲司は首を横に振る。

「《痕跡鑑定》そのものじゃない」

「でも、痕跡の扱い方を知ってる」

「消し方も、残し方も、時間差の置き方も」

「それを仕事としてやってる技術者がいる」


 技術者。


 その言葉が落ちたあと、空気が少し変わった。


 今までの敵は、黒峰。

 企業。

 見えない観測者。

 口を塞ぎに来る連中。


 全部、“敵側”という大きな輪で見ていた。

 でも今日の現場は、もっと細い顔をしていた。


 壊す役。

 奪う役。

 消す役。


 その中で、痕跡だけを専門に触る人間がいる。


 カナデが静かに整理する。


「向こうに一人、あるいは少人数」

「現場の後始末だけじゃなく、私たちの読解を鈍らせる役がいる」

「しかも、あなたの見る順番に近い形で」


「ええ」


 玲司は答える。


「今までの現場にも、その影はあったのかもしれない」

「でも今日は、はっきり出た」


 ミオが画面をスクロールしながら言う。


「じゃあ、次からは現場だけじゃ足りません」

「搬送、閲覧、更新、通話、外周カメラ」

「痕跡の外も、同時に見ないと」


 その言葉に、玲司は少しだけ目を細めた。


 それが次だ。

 たぶん、そこからやり方を変えないといけない。


 でも今日は、まず名前を置く方が先だった。


「敵の格を上げる」


 玲司が言う。


 誰も口を挟まない。


「今までの“消しに来る連中”じゃない」

「向こうにいるのは、痕跡を消す者だ」


 ユラが小さく息を吐く。


「……やな名前」


「やな相手だからな」


 玲司は短く返した。


 保守区画の外を、朝の車が一台だけ通り過ぎる。

 学園へ向かう人間たちは、今日もたぶん普通に授業を受ける。

 こっちだけが、昨日までと少し違う敵を見た。


 カナデが端末を閉じる。


「次は、読み方そのものを変える必要があるわね」


「変える」


 玲司は即答した。


「現場だけじゃ追いつかない」

「向こうが消すなら、消す前後の網で捕まえる」


 ミオが小さく頷く。

 ユラは帽子を被り直す。

 レナは壁から背を離した。


 負けた。

 少なくとも今日はそうだ。


 でも、ただ取りこぼしただけじゃない。

 何に負けたかは見えた。


 それだけは、次に繋がる。


 玲司は保守区画の外へ歩き出しながら、低く言った。


「次に相手をするのは、痕跡を残さない敵じゃない」


 そこで一度だけ切る。


 朝の白い光の中で、その輪郭だけがはっきりした。


「こちらに読ませない相手だ」


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