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学校ではモブの俺、裏ではダンジョン救助組織の司令塔 ――《痕跡鑑定》で事故も隠蔽も見抜いてやり直す  作者: 玖城イサ


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第66話 空っぽの現場

 

 空っぽの現場は、ただ遅れただけの顔をしていない。


 北側搬出口の内側に入った瞬間、玲司は足を止めた。


 棚がない。

 いや、正確には棚はある。

 あるが、中身だけが抜かれていた。


 古い資材置場らしい鉄ラック。

 床に固定されたままの台座。

 埃の縁。

 その内側だけが、不自然に新しい。


「……何これ」


 ユラの声がイヤホン越しに落ちる。


「見えてる範囲、何も積んでないんだけど」


「積んでないんじゃない」

 玲司は低く返した。

「積んであったものだけ、全部持っていかれてる」


 レナが先に二歩入る。

 左、右、奥。

 一通り切ってから短く言った。


「人影なし」

「温度も薄い」


 カナデが入口脇から記録端末を覗き込む。


「施錠履歴は正規のまま」

「でも搬出口側の開閉ログだけ、一度欠けてる」

「切ったわね」


 玲司は床を見た。


 搬出台車の轍。

 深さは新しい。

 だがその上から、わざと軽い車輪を通して乱してある。


 靴跡も同じだった。

 重い作業靴が数本。

 そのあとを、別の靴底で横切っている。

 数を読ませないための乱し方だ。


「雑に消してない」


 玲司が言う。


「向こう、最初からこっちに読ませる前提で触ってる」


「それ、どっち?」


 ユラが聞く。


「賢いって意味?」

「性格悪いって意味?」


「両方だ」


 玲司は即答した。


 ただ逃げた現場じゃない。

 撤収したあとに、さらに“読みにくくする手”が入っている。


 しかも全部を消してはいない。

 少しだけ残している。

 読めると思わせる程度にだけ。


 それが最悪だった。


 ミオが小さく報告を重ねる。


「外、車の停車痕はあります」

「でも長居した形じゃないです」

「分散して入って、分散して出てます」


「まとめて引いてないのか」


 カナデが言う。


「ええ」

 玲司が床から目を上げる。

「一台じゃない。少なくとも二回転」

「しかも最後の搬出だけ、荷重が軽い」


「軽い?」


「中身を抜いたあとで、見せかけだけ動かした」

 玲司は奥のラック列を指で示した。

「最後に運んだのは重要物じゃない。箱か、空ケースか、その程度だ」


 レナが舌打ちを飲み込むみたいに言う。


「こっちが来るまでに、終わらせたってことか」


「終わらせた、だけじゃない」


 玲司は奥へ進む。

 ラックの影。

 壁際の古いパレット。

 そして、通路中央だけがわずかに湿っている床。


 水じゃない。

 薄めた洗浄剤だ。


「消してから洗ってる」

「でも完全には流してない」


 カナデが顔をしかめた。


「薬剤の癖まで残してるのね」

「証拠隠滅じゃなく、痕跡処理として慣れてる」


 玲司は頷く。

 嫌な頷き方だった。


 今までも、敵は消しに来た。

 現場を潰し、証拠を奪い、事故に見せかけてきた。

 でもそれは“隠したい側”の手つきだった。


 ここは違う。

 隠すだけなら、もっと雑で足りる。

 ここまで丁寧に、しかも時間差まで組む必要はない。


「玲司」


 ユラの声が少し低い。


「これ、わたしたちの到着時間まで読まれてない?」

「外の道路側、見張りを置いた形がない」

「逃げ切れる時間に合わせて片づけた感じがする」


 玲司はすぐには答えなかった。

 でも内心では、同じことを考えていた。


 高瀬の証言。

 夜間更新。

 搬入番号の再起動。

 その全部を追えば、TRACEが今朝動く可能性は高い。

 そう読んだ人間がいるなら、この撤収速度は説明がつく。


 問題は、向こうがどうやってそこまで寄せたかだ。


「北側奥、扉あります」


 ミオが言う。


「外から見えなかった区画」

「でも少しだけ、熱が残ってます」


 熱。


 玲司の目が細くなる。


 資材置場の奥に、もう一つ扉があった。

 古い鉄扉。

 表からはラック列に隠れる配置だ。

 普通に見れば、壁の陰にしか見えない。


 レナが先に寄る。

 扉へ手を当てる。


「ぬるいな」


「開ける前に待て」

 玲司が止める。

「カナデ、風の流れ」

「ミオ、外への通気」

「ユラ、外周に煙か人の反応がないか見る」


 数秒。

 情報が重なる。


「外に煙なし」

「通気は上抜け一本です」

「いま表へは漏れてません」


 玲司は短く決めた。


「行く」

「向こう、本命は奥だ」


 レナが扉を開ける。

 内側から、焦げた樹脂の匂いが流れた。


 その匂いだけで、もう分かる。


 ただ空だったんじゃない。

 消されたあとだ。


 しかも、急いで焼いただけの臭いじゃない。


 選んで燃やした臭いだった。

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