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学校ではモブの俺、裏ではダンジョン救助組織の司令塔 ――《痕跡鑑定》で事故も隠蔽も見抜いてやり直す  作者: 玖城イサ


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第60話 証拠保全組織

 

 助かった人間は、すぐには喋らない。

 でも、黙り方にはちゃんと理由が残る。


 TRACEが男を連れて入ったのは、学園都市外れの古い保守倉庫だった。

 物資の仮置きに使われていた小部屋を、カナデが最低限だけ整えている。

 長居する場所じゃない。

 でも、今夜を越えるには足りる。


 男は折り畳み椅子に座ったまま、水だけを二回に分けて飲んだ。

 右足の固定はレナがやった。

 肩の擦過傷はミオが静かに消毒している。

 ユラは窓際で外の動きを見て、カナデは机に簡易記録用の端末を置いた。


 玲司は正面に座る。

 詰めない。

 急かさない。


「名前は」


 少し間があってから、男が答える。


「……高瀬」


 それ以上は言わない。

 それでいい。

 今は足りる。


「高瀬」


 玲司はその名だけを使う。


「さっきの連中に見覚えは」


 高瀬は水を持ったまま、少しだけ目を伏せた。


「直接はねえ」

「でも、あの“管理”の言い方は同じだ」


「同じ?」


 ユラが振り向く。


「現場のあとにも来たんだよ」


 高瀬は掠れた声で続ける。


「崩れたあと、正式より先に入ってきた」

「怪我したやつ見てるふりして、先に箱を見た」

「……で、奥にいたやつが名前を呼んだ」


 玲司は黙って聞く。


「黒峰、って」


 部屋が静まる。


「腕章も見た」

「黒地に銀で……あのクランのやつだ」

「あと、搬出の時に“黒峰側を先に通せ”って」


 カナデの指が端末へ走る。

 余計な相槌は入れない。

 供述は切らない方がいい。


「箱って何だ」


「素材だよ」

「あと、たぶん記録端末」

「俺らみたいな下っ端には触らせなかった」


「現場は崩落の前からおかしかったか」


 高瀬はすぐには答えない。

 代わりに、右足を少しだけ動かしてから言った。


「支えが変だった」

「補強したって言われたのに、通路の幅が前より狭くなってた」

「それと、閉鎖ロープの位置が何回か変わってた」


 玲司は小さくうなずく。


 やはり同じだ。

 持たせるための補修じゃない。

 崩れたあとを管理しやすくするための補修。


「何で逃げた」


 レナがぶっきらぼうに聞く。

 だが声は強すぎなかった。


 高瀬は少しだけ笑った。

 乾いた笑いだった。


「一人、喋ろうとしたやつがいた」

「次の日から消えた」


「……」


「正式窓口も来たよ」

「でも質問の順番が変だった」

「怪我より先に、誰が何を見たかだった」


 それで高瀬は逃げた。

 診療所も偽名。

 現金払い。

 安い住棟。

 夜しか出ない生活。


 全部がつながる。


「スマホは」


 玲司が聞く。


 高瀬はポケットを探り、古い端末を一台出した。

 画面は割れている。

 電池も弱い。

 だが完全には死んでいない。


「消したつもりだったけど、たぶん一個残ってる」


 カナデが端末を受け取る。

 確認する目が速い。


 数十秒後、彼女が言った。


「音声メモ」

「短いわね」


 再生。

 雑音。

 荒い息。

 それから、誰かの苛立った声。


『黒峰側を先に通せ。余計なもんは落とせ』


 短い。

 でも十分に短くて、逆に本物っぽい。


 ユラが低く息を吐く。


「うわ……」


「証拠としては弱い」


 カナデが冷静に言う。


「でも、供述と管理時刻と補修履歴に重ねれば切れる」

「少なくとも、ただの思い込みでは終わらない」


 玲司は高瀬を見る。


 高瀬はまだ怯えている。

 それでも、さっき住棟の扉越しにいた時とは違う顔だった。

 追われるだけの顔じゃない。

 ようやく、追われる理由を誰かと共有できた顔だ。


「俺たちはこれを束ねる」


 玲司が言う。


「でも、お前を表に出してすぐ使う気はない」


 高瀬が眉を寄せる。


「……使わねえのか」


「使うために生かしたんじゃない」


 玲司は短く返す。


「生きてる証拠そのものを、先に守る」


 高瀬は何も言わなかった。

 でも、その沈黙は拒絶じゃなかった。


 ミオが小さく足す。


「複製は二つに分けます」

「原本側はカナデ先輩」

「追跡の窓は、わたしが見ます」


「公開はしない」


 ユラも言う。


「少なくとも今夜は」

「出したら、向こうが高瀬さんに辿る方が早い」


 レナが腕を組んだまま吐き捨てる。


「まずは生かす」

「話はそのあとだ」


 その順番に、誰も異を唱えなかった。


 TRACEは元々、事故を防ぎ、人を救い、証拠を残すための組織だった。

 でも今夜、それが少しだけ変わる。


 証拠は物だけじゃない。

 ログだけでも、写真だけでもない。

 真実を知って生き延びた人間そのものが、消される前に守るべきものになる。


 それを全員が、同じ形で理解した気がした。


 深夜前。

 最低限の当座品と見張りの分担を決めたあと、玲司たちは時間差で倉庫を出た。


 翌朝。

 蒼栄学院の廊下は、いつも通りの顔をしていた。


 騒ぎはない。

 悲鳴もない。

 ただの学校だ。


 だからこそ、演技は前より強くしなければならない。


 教室へ向かう途中、廊下の角で冬月カナデが立ち止まった。

 風紀委員の腕章。

 乱れない制服。

 いつもの冷たい顔。


 彼女は周囲に聞こえる声で、玲司へ言う。


「水城くん」

「最近、校内の移動が妙に多いわね」

「次に規律を乱したら、今度は見逃さないわ」


 刺すみたいに正確な声だった。

 周囲の生徒が、また水城が風紀委員に睨まれてる、くらいの顔でこっちを見る。


 玲司はいつも通り、少しだけ面倒そうに肩をすくめた。


「……別に、なんでもない」


 カナデはそれ以上言わずに去る。

 冷たい優等生そのものの背中だった。


 だが、すれ違いざまに落ちた声だけが違った。


「これからは、今まで以上に距離を置くわ」


 短い囁き。

 表情は動かない。


 証人を抱えた組織は、昨日までと同じ距離ではいられない。


 玲司はその背中を見送らず、教室へ入った。


 TRACEは一段階進んだ。

 そのぶん、学校ではもっと他人にならなければならない。


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