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学校ではモブの俺、裏ではダンジョン救助組織の司令塔 ――《痕跡鑑定》で事故も隠蔽も見抜いてやり直す  作者: 玖城イサ


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第56話 個人的な敵

 


 怒りは、正しいだけだと足りない。


 放課後の屋上は風が強かった。

 下では運動部の声が遠く続いている。

 学校の中なのに、ここだけ少し切れている。


 玲司とレナは、フェンス際に立っていた。


 話すなら、こういう場所がいい。

 誰にも聞かれないからじゃない。

 聞かれても、雑談に見える距離を取れるからだ。


 レナが先に口を開く。


「一人いるかも、って言ったろ」


「ああ」


「でも期待すんな。あいつ、あのあと学院辞めた」


 玲司は黙って聞く。


「怪我が残ったわけじゃない」

「でも、あの現場のあと全部嫌になったってさ」


 風が鳴る。


 レナはフェンスの向こうを見たまま続けた。


「分かるんだよ」

「助かったはずなのに、何かだけ死んだ感じ」


 玲司は少しだけ目を細めた。


 レナが壊れかけた理由。

 それは単純な恐怖じゃない。


「先輩は」


「ん?」


「あの日のあと、どうなったんですか」


 レナは少しだけ笑った。

 いつもの強い笑い方じゃない。

 自分で自分を薄く切るみたいな笑い方だった。


「褒められなかった」

「怒られもしなかった」

「ただ、“危ない場所にいたな”で終わった」


「……」


「で、あとから黒峰が全部持ってった」


 玲司は何も挟まない。


「先にいたやつの話は誰も聞かない」

「旧管理脇道の話も残らない」

「現場の崩れ方も、“設備不良でした”で終わる」


 レナはそこで初めて玲司を見る。


「あたしさ、助けられなかったことより、あれがきつかった」


「何が」


「助けた記憶ごと、間違いみたいにされたこと」


 風の音が強くなる。


「現場にいたあたしらだけが、先に来た影を覚えてる」

「でも報告書の中じゃ、そんなもん最初からいない」

「その上で、遅れて来たやつが正しい顔して立ってる」


 短く切る声。

 でも、その一つ一つが重い。


「そりゃ嫌うだろ」


 玲司が低く言うと、レナは少しだけ目を伏せた。


「嫌うよ」

「だからあたし、黒峰が無理なんだ」


 それは組織への反感じゃない。

 もっと個人的で、もっと根の深い拒絶だった。


「強いから嫌いなんじゃない」

「目立つからでもない」

「あいつら、現場にいたやつの記憶ごと奪うだろ」


 レナの声は、そこで少しだけ荒れた。


「ああいうのを英雄って呼ぶの、反吐が出る」


 玲司はフェンスへ軽く背を預ける。

 視線は外へ向けたままだ。


「先輩」


「何だ」


「俺も、あいつらを許す気はない」


 レナが眉を上げる。


「知ってる」


「でも、怒るだけじゃ終わらせない」


「それも知ってる」


 玲司はそこでようやくレナを見る。


「次は奪わせない」

「助けた現場も、通った導線も、改ざん前の順番も、全部残す」


 レナは数秒だけ黙った。

 それから、小さく息を吐く。


「……だからあんたに乗ったんだよ」


「乗った?」


「預けたって意味だ」


 ぶっきらぼうだが、そこは直さない。

 たぶんそれがレナの本音の置き方だった。


「あたしは前で殴るのはできる」

「守るのもできる」

「でも、あいつらの正しい顔を剥がすのは、あたしじゃ無理だ」


「俺がやる」


「だから頼ってる」


 言い切ってから、レナは視線を戻した。


「あたしはあいつらを絶対に許さない」


 それは誓いだった。

 熱い言葉じゃない。

 むしろ、冷えた芯の方に近い。


 TRACEの敵は組織だ。

 構造だ。

 改ざんだ。


 でも、その中にはちゃんと個人の傷もある。

 レナにとって黒峰は、ただ倒すべき相手じゃない。

 記憶を踏みにじった側だ。


 その確認を終えたところで、屋上の扉が小さく開いた。


 ミオだった。

 息を切らさないまま、必要なことだけを持ってくる顔をしている。


「……先輩」


「どうした」


 玲司が聞くと、ミオは薄い端末を見せた。


「黒峰の名前を知ってる生き残り、まだ一人います」


 レナの目が変わる。

 玲司も即座に意識を切り替える。


「どこの件だ」


「違法採掘の方です。消えたと思われてた人です」

「でも、たぶん向こうも居場所を探してます」


 屋上の風が、急に冷たくなった気がした。


 証言がある。

 だが、証言より先に命が危ない。


 玲司は短く言う。


「準備室」


 ミオがうなずく。

 レナはもう迷わない。


 個人的な敵を持つことと、

 組織として次の救助へ向かうことは、矛盾しない。


 むしろ、その二つが噛み合った時の方が、

 TRACEはたぶん強い。

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