第55話 黒峰が奪った現場
現場を思い出したあとで見る記録は、前と違う顔をしている。
翌日の放課後、準備室の机には古い資料が三つ並んでいた。
市営側の事故報告書写し。
地方紙の切り抜き。
管理更新の簡易履歴。
持ってきたのはミオだ。
整えたのはカナデ。
広げたのは玲司だった。
「去年の春、市営搬送路の小規模崩落」
カナデが資料を指で押さえる。
「公式報告では“黒峰クラン協力のもと迅速に救助完了”。負傷三名。設備不良処理」
ユラが顔をしかめた。
「はい、嫌な匂い」
「実際、嫌よ」
カナデは感情を混ぜずに続ける。
「救助開始時刻と閉鎖時刻が近すぎる。しかも、現場確認より前に“安全化完了”の文面が入ってる」
玲司は紙面の数字を見る。
前にも見た並びだ。
確認前の整った文面。
先行する封鎖処理。
遅れて来る英雄の顔。
「この記事も見て」
ミオが地方紙のコピーを寄せた。
「当時の短い記事です。本文は黒峰称賛ですけど、削られてない写真が一枚だけ残ってました」
ぼやけた写真。
救助灯。
担架。
黒峰の腕章。
その端に、小さく旧保守柵が写っていた。
玲司の目が止まる。
「……ここだ」
「何が」
ユラが身を寄せる。
「この脇」
玲司は写真の端を指で叩く。
「俺が通した旧管理脇道。公式報告だと使ってないことになってる」
カナデがすぐ報告書を引く。
「本当ね。救助導線は“正規搬送路一本のみ”になってる」
「じゃあ記録ごと消したってこと?」
「ええ」
カナデはうなずいた。
「現場には別導線があったのに、報告書上では存在しないことにしてる。つまり、先行者がいた証拠ごと落とした」
ミオがもう一枚の管理履歴を出す。
「これ、事故の二日前です」
簡易補修。
仮設支え設置。
通路幅変更。
玲司は一つずつ目で追う。
そして、嫌な既視感に行き当たる。
「……同じだな」
「北側接続坑と?」
カナデが問う。
「ああ。いや、もっと前から見てる並びだ」
違法採掘の現場でも見た。
学院の実習区画でも見た。
崩す前提で、最低限だけ持たせるやり方。
事故を防ぐ補修じゃない。
事故を事故らしく見せるための補修だ。
「これ、ただの揉み消しじゃないね」
ユラの声から軽さが消える。
「現場そのものを、最初からそうなるよう寄せてる」
「その可能性が高い」
玲司は報告書を閉じなかった。
「黒峰は遅れて来たんじゃない。遅れて来る形を利用した」
「しかもそのあとで功績だけ持ってった」
レナが低く言う。
彼女は机の端に立ったまま、紙を見ていた。
怒鳴らない。
でも、声が硬い。
「現場を作った側かもしれない、ってことか」
「断定はまだだ」
玲司はそう言った。
言い切るには、証拠が足りない。
だが痕はある。
補修順。
報告文面。
削られた導線。
そして、黒峰が現れる位置の正確さ。
偶然にしては噛み合いすぎている。
「試してたんでしょうね」
ミオが小さく言った。
全員がそちらを見る。
「何を」
ユラが聞くと、ミオは資料を見たまま答えた。
「小さく崩して、小さく隠して、どこまで丸められるかです」
「去年のそれが、うまくいった」
「だから今も似た手つきが続いてる」
準備室が少し静かになる。
小規模事故。
記録改ざん。
功績の上書き。
成功体験。
それは十分すぎる“試験運用”だった。
玲司は机上の数字から顔を上げる。
「あの現場だけで終わってない」
「ええ」
カナデも同意した。
「学院内の小事故、違法採掘、市営区画の封鎖。全部が独立してるようで、やり方が寄りすぎてる」
レナが短く吐き捨てる。
「最悪だな」
「ああ」
玲司は答えた。
「しかも、あの日の報告で味をしめたなら、向こうは“奪える現場”を知ってる」
正義の顔で遅れて来る。
先にいたやつを消す。
証拠も導線も、自分たちに都合よく整える。
それはただの功績横取りじゃない。
現場を支配する側の手口だ。
ユラが腕を組み直す。
「じゃあ先輩の私怨、普通に正しいやつじゃん」
「私怨で終わらせたくない」
レナは即座に返した。
「でも、あたしがあいつら嫌ってる理由は、それだけで足りる」
玲司はその言葉を聞きながら、写真の端の小さな旧柵をもう一度見た。
あの時の現場は、助かったから終わりじゃなかった。
助かったあとに、何を消されたかまで含めて現場だった。
そして今、同じ形が別の場所でも起きている。
なら、次に必要なのは怒りの確認じゃない。
その怒りを、証拠へ変えることだ。
「先輩」
玲司が呼ぶ。
「その日、一緒にいたやつでまだ話せる人は」
レナは少しだけ黙った。
その沈黙だけで、簡単じゃないと分かる。
「……一人、いるかもしれない」
それは確定じゃない。
でも、ゼロでもない。
功績を奪われた現場には、
まだ完全には消えていない声が残っている可能性があった。




