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学校ではモブの俺、裏ではダンジョン救助組織の司令塔 ――《痕跡鑑定》で事故も隠蔽も見抜いてやり直す  作者: 玖城イサ


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第53話 頼れる先輩の正体

 


 頼れる先輩、という言葉ほど中身が雑なことがある。


 昼休みの二年廊下は、昨日の“必要悪”の噂を引きずっていた。


「見た? あの救助動画」

「顔出てないやつ?」

「違法っぽいけど、普通に有能だったよな」

「でもさ、結局ああいうのより黒峰みたいな大手の方が安心じゃない?」


 黒峰。

 その名前が軽く出た瞬間、少し先で笑っていた三年の輪が、一拍だけずれた。


 中心にいたのは橘レナだ。


 高身長。

 目立つ立ち姿。

 話していなくても視線を持っていくタイプの先輩。


「橘先輩なら、ああいう影の連中とか一発で黙らせられそう」


 後輩の軽口に、レナは面倒そうに顔をしかめた。


「知らねえよ。勝手に騒いでろ」


 ぶっきらぼう。

 いつも通りだ。

 それで話は流れる。


 だが玲司には分かった。

 あの一瞬だけ、レナの声に棘が増えた。


 次の授業へ向かう途中、レナは玲司の横を雑に通った。


「あんた、また暗い顔してんな」


「先輩に言われたくない」


「生意気」


 軽く肩を小突かれる。

 周囲から見れば、よくいる雑な先輩後輩だ。

 それで終わる。


 だが押された位置だけは正確だった。

 玲司が立ち止まっていたら、背後の掃除用具入れの扉が半開きのまま当たっていた。


 玲司は振り返らない。

 レナも振り返らない。


 学校は監視空間じゃない。

 演技空間だ。


 分かりやすく守る方が危ない。

 だからレナは、昔から雑に見せる。


 放課後、旧校舎裏の集合場所。


 玲司が着くより先に、三人はもう揃っていた。


 ユラが壁にもたれ、カナデは端末を見ている。

 ミオは階段脇で小さくノートを開いていた。

 そしてレナだけが、一番手前で立っていた。


 誰より早く。

 誰より前に。


「先輩、早いですね」


 ミオが小さく言うと、レナは眉を上げた。


「別に」


「こういう話の時だけ、毎回一番乗りよね」


 カナデの言い方は冷たい。

 でも、責める響きじゃない。


 ユラが面白がるように続ける。


「しかもさ、玲司絡みの現場っぽい時だけ露骨なんだよね」


「うるさい」


「図星だ」


「朝比奈、お前は黙ってろ」


 ぶっきらぼうな応酬。

 けれど誰も本気で刺していない。


 ミオがノートを閉じながら、ぽつりと置く。


「……待ってるんですよね」


 レナは一瞬だけ黙った。


「違う」


「じゃあ何ですか」


「遅れると、あいつが一人で決めるだろ」


 その返しだけで、三人が少し静かになる。


 ユラが小さく笑った。


「はい、出た。頼れる先輩」


「茶化すな」


「茶化してないって」


 そこへ玲司が来る。

 会話は自然に切れた。


 誰もさっきの空気をそのまま持ち込まない。

 それもまた、TRACEのやり方だった。


「何か出たか」


 玲司が聞くと、カナデが端末を回した。


「北側接続坑の二次反応はまだ荒れてる。でも管理側の訂正文はない。救助時刻の話にも触れていない」


「逃げたな」


「ええ。その代わり、古い話題が一つ上がってたわ」


「古い話題?」


 ユラが端末を覗き込む。


「“前にも似たことあったよな”って書き込み。数は少ないけど、妙に消されず残ってる」


 レナの目が、そこで少しだけ変わった。


 玲司は見逃さない。


「先輩」


「何だよ」


「前に一回、って言ってましたよね」


 レナはすぐに答えなかった。

 その代わり、端末の画面を見たまま言う。


「……あったよ」


「いつだ」


「去年の春」


 短い返事だった。


「市営側の搬送路。小さい崩れ。表向きは設備不良」


 玲司の中で、何かが引っかかった。


 去年の春。

 市営側。

 小規模崩落。

 功績の横取り。

 遅れて来た正義の顔。


 似すぎている。


「その時、黒峰がいたのか」


「ああ」


 レナは壁から背を離した。


「でも最初にいたのは、あいつらじゃない」


 ユラが息を潜める。

 カナデも黙る。

 ミオはもう端末に触れていない。


 レナは真っ直ぐ前を見たまま続けた。


「先にいたやつがいた。顔はちゃんと見てない」

「でも、崩れる順も、通る順も、全部先に分かってるみたいな動きだった」


 玲司の胸の奥で、記憶の奥に沈んでいた何かが微かに軋む。


 去年の春。

 市営搬送路。

 崩れ方を先に読む誰か。


 それは、聞き覚えのある話じゃない。

 見覚えのある話だった。


「……その現場」


 玲司が低く言う。


「詳しく覚えてますか」


 レナは少しだけ笑った。

 乾いた笑い方だった。


「忘れられるわけないだろ」


 それだけ残して、彼女は先に歩き出した。


「知りたいなら来いよ。あの日の話、してやる」


 頼れる先輩、という雑な看板の下に隠れていたのは、

 誰より早く現場へ立とうとする前衛と、

 まだ傷の残っている生き残りの顔だった。

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