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学校ではモブの俺、裏ではダンジョン救助組織の司令塔 ――《痕跡鑑定》で事故も隠蔽も見抜いてやり直す  作者: 玖城イサ


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第51話 映像の価値

 


 映像は真実そのものじゃない。


 でも、嘘が先に並ぶ時だけは、順番を壊す刃になる。


 その夜、準備室の机には端末が三つ並んでいた。


 一つは原本。

 一つは保全用の複製。

 もう一つは、ユラが切り出し始めた公開用データ。


 玲司は壁にもたれたまま見ている。

 前へ出る場面じゃない。

 こういう時は、ユラとカナデの仕事だ。


「まず確認ね」


 ユラが言った。


「残すのは四つ。時刻。四人出たこと。顔が分からないこと。正式より前に外へ出てたって分かる絵」


 カナデが原本を別端末へ移しながら言う。


「原本側は無加工で保全する。時刻表示も音声も切らない。触るのは公開用だけよ」


「はいはい、分かってる」


 ユラの指は止まらない。


「公開側は導線を全部落とす。手元、支えた腕、四人分の退避だけ。入口位置も削る。救助側の歩幅も切る」


 ミオが隣から小さく言った。


「掲示板、もう揉めてます」


「何て?」


「管理側の遅れを責める声と、“無許可の救助は危険”って声が半々です」


 レナが鼻を鳴らした。


「助かった側に言う台詞じゃねえだろ」


「現場を見てない人は、結果より手続きを先に見ます」


 ミオの言い方は静かだが、棘があった。


 玲司は机の上の原本を見る。

 無加工の映像には、支えられる四人の息、遠くの警報、遅れて差す車両灯まで全部残っている。


 これは証拠だ。

 だが、そのまま出せば露見にもなる。


「玲司先輩」


 ミオが呼ぶ。


「管理側の一次発表、来ました」


「読めるか」


「はい。“立入制限区画で滞留者を確認し、救助対応を進行中”です」


 ユラが乾いた笑いを漏らした。


「進行中、ね」


「事実じゃない」


 玲司は短く言った。


「四人とも、あの時点でもう外へ出てた」


「だから映像の価値がある」


 ユラは画面を見たまま答える。


「これ、格好いい救助動画じゃない。時間差を壊す証拠」


 カナデが確認する。


「出すこと自体の危険は理解してる?」


「してる」


「ならいいわ。原本はこっちで封じる。複製も二系統に分ける」


「追跡の窓も見ます」


 ミオが言う。


「どこから拾われたか、誰が拡散を誘導したか、あとで追えます」


 玲司は小さくうなずいた。


 昨日決めたルールだ。

 見せるものを選ぶ。

 残し方を選ぶ。

 助けるのはやめない。

 でも、相手の採点表に素直には乗らない。


「原本はカナデ管理」


 玲司が言う。


「改変疑いを出させるな」


「もちろん。時刻付きの連番で保全する」


「公開用はユラ。ミオは拡散経路の汚れを見る。レナ先輩は四人側の反応が出たら拾え」


「了解」


「任された」


「見る」


「顔は切れよ」


 レナが一応だけ言う。


「切るってば」


 ユラは少しだけ笑った。


「信用してないわけじゃないのに、そこ毎回確認するよね」


「大事だからだ」


 玲司が返す。


「……それ、ちょっとずるい」


 でも手は止まらなかった。


 切られていく。

 救助側の輪郭は消える。

 導線も落ちる。

 位置も薄まる。

 それでも残るのは、支えられる四つの影と、遠くで遅れて入る正式救助の灯。


 最後の一秒だけで十分だった。


「よし」


 ユラが息を吐く。


「出せる」


 カナデが原本を別媒体へ落とし、保全のチェックを終える。

 ミオは投稿先を三つに分けた。

 探索者板。

 短い動画系。

 そして、救助遅延が話題になりやすい匿名窓口。


 玲司はそれを見ながら言う。


「ヒーロー扱いは要らない」


「分かってるよ」


 ユラは投稿画面を開いたまま答えた。


「褒められたいんじゃない。上書きさせないため」


「それでいい」


 ユラの指が落ちる。

 投稿された。


 数秒の沈黙。

 そのあとで、ミオの端末に反応が流れ始める。


「早いです」


「読めるか」


「“誰だこれ”」

「“正式より前じゃないか”」

「“四人出てる”」

「“顔映ってないのに手際が怖い”」

「“無許可救助だろ”」

「“でもこれが先なら文句言えない”」


 ユラが肩をすくめる。


「はい、揉めました」


「予定通りだ」


 玲司は答えた。


 予定通り。

 でも気分はよくない。

 支持も反発も、どちらもこちらの輪郭を濃くする。


 その時、ミオが別の投稿を拾った。


「……これ」


「何だ」


「助けられた側です。たぶん四人組のうちの一人」


 全員がそちらを見る。


 短い文だった。


 ――正式が悪いんじゃない。

 ――でも、先に来たのはあの人たちだった。

 ――違法とか知らない。

 ――四人とも出られたのは、あの影が先に来たからだ。


 準備室が少しだけ静まる。


 レナが目を細めた。


「十分だな」


「ええ」


 カナデもうなずく。


「感情論じゃない。現場の順番が残ってる」


 ユラは端末を伏せた。


「こういう一行が一番強いんだよね」


 映像の価値は、派手さじゃない。

 救助の瞬間を格好よく見せることでもない。

 遅れたものを遅れたまま残すこと。

 助かった事実を、消される前に置くこと。


 それだけだ。


 でも、それだけで敵は増える。


 ミオの端末に、また短い反応が流れた。


「……来ました」


「何が」


「“違法でも必要なやつらだろ、これ”って」


 ユラが苦く笑う。


「出たね」


 玲司はその文を見た。


 違法。

 必要。

 どちらも軽くない。


 そして、そういう呼ばれ方はたぶん長く残る。


「次、変わるな」


 カナデが静かに言った。


「ああ」


 玲司は答える。


 四人救った証拠を残したぶん、TRACEの輪郭はまた少し濃くなった。

 影は影のままではいられない。


 その最初の呼び名が、今まさに掲示板の向こうで形になり始めていた。


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