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学校ではモブの俺、裏ではダンジョン救助組織の司令塔 ――《痕跡鑑定》で事故も隠蔽も見抜いてやり直す  作者: 玖城イサ


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第50話 先に着いた影

 


 閉じるのが通路だけなら、まだ優しい事故だ。


 北側接続坑の入口は、夕方の薄暗さの中でも落ち着きがなかった。


 管理柵の前に数人。

 遠巻きに覗く探索者。

 更新されたばかりの封鎖図。

 その横で、管理側の男が「確認中です」を繰り返している。


 玲司は正面を一目見ただけで足を止めた。


「遅い」


 ユラがキャップのつばを少し下げる。


「正式、まだ入ってない?」


「入っても浅いところまでだ。空気だけ作ってる」


 玲司は入口脇の地面に残った台車痕と、柵の開閉跡を見る。

 封鎖後の動きが少ない。

 中へ継続して出入りした形がない。


「こっち」


 玲司は正面ではなく、管理小屋の裏へ切った。

 斜面沿いの古い保守柵の脇。

 手入れの止まった細い導線だ。


「ほんとに抜けられるの?」


 ユラが小声で聞く。


「完全には塞いでない。塞いだら保守履歴に残る」


 レナが前へ出る。

 格子の一部は外したあとで戻した形だった。錆の切れ方が違う。ネジも一つだけ締めが浅い。


「開ける」


 小さく力を入れるだけで、格子は音も少なくずれた。

 壊した形は残さない。

 残すのは、入った痕跡じゃなく助けた結果だけでいい。


 中へ入ると、空気が変わった。


 一般導線より狭い。

 湿り気が強い。

 補助灯の色も古い。


 正式救助が大人数で入るには向かない。

 だからこそ、先に着ける。


「ミオ」


 玲司が低く呼ぶ。


「掲示板の最後の書き込み位置、切れるか」


「……大まかなら。崩れの向こう、左寄りです」


「四人のうち、発信できたのは一人」


「たぶん」


 玲司は床へ視線を落とす。


 新しい足跡が四人分。

 重い装備が一。

 軽い歩幅が二。

 途中から引きずる痕が一つ。


 さらに別の硬い靴底が混ざっていた。


「管理側、入ってる」


 カナデが言う。


「でも戻ってる」


「確認だけだ。助けに行った歩き方じゃない」


 その少し先で、壁が浅く崩れていた。

 完全な落盤じゃない。

 人を止めるには十分で、救助には嫌らしい崩れ方だ。


「ここ、切ってる」


 玲司が呟く。


「自然じゃない?」


 ユラが問う。


「梁の荷重が片側だけ落ちてる。持たせたあと、最後に狭めた形だ」


 レナが壁に手を当てる。


「通せるか」


「三人まではすぐ通せる。四人目が重いと厳しい。だから順番を決める」


 玲司は奥を見る。


「先に右の死角を切る。ユラ、光で正面視線を散らせ。ミオは退避線。カナデ、ここを三十秒固定。レナは手前の生存者を確保したら、残って奥を守れ」


「了解」


「はいはい」


「分かったわ」


「前、行く」


 いつもより明確に、誰をどう動かすかを切る。

 見られている現場ほど、救助側が迷わないことが重要だ。


 ユラの小型ライトが、正面ではなく天井と壁へ散る。

 一本道の視界がずれ、奥の影だけが浮いた。


「左奥、人。二人」


 ミオの小さな声がイヤホンに落ちる。


「さらに奥、もう二つ。うち一つ、反応が弱いです」


 四人。

 揃った。


「レナ、手前二人。歩ける方から立たせろ。ユラは導線照明。カナデ、まだ落とすな」


「了解」


 レナが崩れの脇を抜ける。

 速いのに雑じゃない。

 すぐに二人の影が浮かんだ。

 二十代くらいの男と、少し年上の女。男は膝を痛め、女は肩から血が滲んでいる。


「立てる方から立て」


 レナの短い声が飛ぶ。


 男が息を荒げた。


「……救助隊か」


「違う。歩けるなら歩け」


 説明している暇はない。

 でも、そのぶっきらぼうさの方が今は信用される。


 玲司はさらに奥へ進む。

 壁際に、三人目がうずくまっていた。若い男だ。足が痺れているのか、膝から下が動いていない。

 その先、曲がり角の陰に、もう一つ影が見えた。


 倒れている。


「四人目確認」


 玲司は即座に言う。


「レナ、手前二人のうち歩ける方だけ先に退避線へ。歩けない方はお前が支えろ。ユラ、戻り灯を置け。ミオ、出口までの間隔を読む」


「はい」


「行ける」


「三十秒、まだ持つわ」


「了解」


 玲司は三人目の肩を掴んだ。


「聞こえるか」


「……っ、まだ、いた」


「立てるか」


「足……痺れて」


「引く。抵抗するな」


 三人目を半身で起こしながら、玲司は先の倒れた影へ視線を飛ばす。

 四人目は女だった。細身。頭を打ったのか、反応が薄い。


 小型の擦れる音が右から来る。

 流入ルートだ。


「近いな」


 玲司は足元の削れを見る。

 正面で迎えると、四人目の場所にぶつかる。


「ユラ、右だけ切れ」


「派手じゃなくね」


 壁際の光が一つだけ強く跳ねる。

 小型の影がそちらへ寄る。

 一秒で十分だった。


 玲司は三人目を壁へ預け、四人目の脈を見る。

 ある。

 浅いがある。


「ミオ、聞こえるか。四人目は搬送要員が要る」


「レナ先輩、今、戻れます」


「戻る」


 その間に、三人目がかすれた声で言った。


「先に……誰か来たんだ。でも……見て、戻った」


 玲司の目が細くなる。


「管理側か」


「たぶん……足音だけ……」


 やはりだ。

 確認だけして戻ったやつがいる。


 だが、今は追わない。

 追えば四人目を落とす。


 レナが戻ってきた。

 手前の女は自力歩行、男はユラが肩を貸して退避線へ乗せている。


「四人目はあたしが持つ」


「待て。先に三人目を立たせる」


 玲司は即座に切る。


「レナ、四人目。頭と首を固定。俺が三人目を引く。ユラは前照明、ミオは出口警戒。カナデ、あと二十秒持たせろ」


「できるわ」


「了解」


「……はい」


 順番が決まれば、動きは速い。

 レナが四人目を抱え上げる。雑そうに見えて、支える位置は正確だ。

 玲司は三人目を肩で引き、狭い崩れの脇を通す。


 その時、遠い管理警報がやっと鳴った。


 遅い。

 あまりにも遅い。


 手前まで抜けたところで、最初に支えられていた男が息を呑んだ。


「今かよ……」


 誰に向けた言葉かは分からない。

 でも、その一言で十分だった。


 退避線を抜け、保守柵の外へ出た時、夕方の空気がようやく肺に入る。


 四人全員。


 女が二人。

 男が二人。

 歩けるのが二人。

 支えが必要なのが一人。

 搬送が必要なのが一人。


 正式救助の車両灯は、そのあとでやっと遠くに見え始めた。


 ユラはその瞬間だけ、小型カメラを上げる。

 顔は映さない。

 位置も残さない。

 残すのは、支えられて外へ出る四つの影と、遠くで遅れて差し込む正規の灯だけ。


「……これ、使える」


 ユラが低く言う。


 玲司は正式救助の灯を見たまま答えた。


「使い方を間違えるな」


「分かってる。ヒーロー動画じゃない」


「そうだ」


 助かった側の一人が、ふらつきながら玲司を見た。


「……あんたたち、誰だ」


 玲司は答えない。


「前だけ見ろ。まだ終わってない」


 短く言って、四人を管理柵の見える位置まで運ぶ。


 その頃になってようやく、正規の声が現場に増え始めた。

 命令口調。

 確認の連呼。

 遅れてきた整理の音。


 その前に、TRACEは四人を生きたまま地上へ出していた。


 名前のない影が、正式な灯より先に人を持ち帰った。

 現場に残るのは、たぶんそれだけで十分な差だった。



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