第49話 巻き込まれた探索者たち
助けを呼ぶ声が、匿名の噂より先に広がり始めた時点で、現場はたいてい遅れている。
昼休みの終わり、図書室の奥でミオの端末が短く震えた。
玲司は閉架の記録簿から目を上げる。
向かいに座るミオは、いつもより少しだけ早い声で言った。
「……中層手前、北側接続坑です」
「何があった」
「一般探索者の四人組が、封鎖区画の崩れに巻き込まれたみたいです。掲示板と地元の探索者窓口、両方に出てます」
玲司は本を閉じた。
北側接続坑。
学園外縁と市営区画の境目にある、中継用の古い坑道だ。実地訓練でも外周だけ使うことがある。
完全な学内じゃない。
完全な学外でもない。
こういう場所は、責任の押し付け合いが一番遅い。
ミオが端末を少し寄せた。
「三十五分前に小規模崩落。管理側は“確認中”。でも、封鎖情報だけは先に更新されてます」
「人命確認より先か」
「はい。入坑記録は四人分。出坑記録はゼロです」
玲司は画面の文面より、その並びを見る。
確認中。
封鎖更新。
入坑四。
出坑ゼロ。
嫌な順番だった。
「補修履歴、あるか」
「表に出てる分だけなら」
ミオがすぐ開く。
北側接続坑の履歴一覧が並んだ。
補助柵交換。
通路片側規制。
仮設梁追加。
昨日付けの通行制限強化。
玲司は一つずつ視線で追った。
順序が噛み合っていない。
「先輩?」
「これ、自然な崩れ方じゃない」
玲司は短く言った。
「片側規制のあとに仮設梁。人を安全に通す補強じゃない。閉じる前提で、最低限だけ持たせてる」
ミオが小さく息を呑む。
「じゃあ……巻き込みですか」
「ああ。崩落そのものより、閉じ方が雑だ」
通路を細くして、判断を遅らせる。
戻ろうとしたやつを一本の導線へ寄せる。
そのあとで“危険なので封鎖しました”で処理する。
学院の中で、最近見てきたやり口とよく似ていた。
玲司は立ち上がった。
「準備室」
ミオも端末を閉じて立つ。
説明は求めない。
必要な話は、移動しながら聞くタイプだ。
放課後、旧校舎の準備室。
集まった四人へ、玲司は先に状況だけを置いた。
「北側接続坑。一般探索者四人が封鎖事故に巻き込まれた。行政も管理側も遅い。行く」
ユラが壁にもたれたまま眉を上げる。
「即断だね」
「四人とも出坑記録ゼロです」
ミオが補足する。
「掲示板の書き込みも、“戻れない”“閉じるのが早すぎる”で止まってます」
カナデが端末を引き寄せる。
「公式は“確認中”のまま?」
「そうだ。封鎖図だけ先に更新されてる」
「人命確認を後ろへ回したのね。最低」
レナは壁から背を離した。
「罠か」
「ある」
玲司は否定しない。
「でも、行かない理由にはならない」
「はいはい。そう言うと思った」
ユラは軽く肩をすくめる。
だが目はもう軽くない。
玲司は簡易図面を机に広げた。
公開図は粗い。だが補修履歴と規制位置を重ねると、線が見えてくる。
「崩れたのはここ」
指が中層手前の細い通路を叩く。
「ただし問題はその先だ。片側規制で流れを絞ったあと、旧保守脇道を潰しきれてない。中に残った四人は、戻る時にこの細い退避導線へ押し込まれる」
「詰まるわね」
カナデが即答した。
「しかも中層手前なら、小型が寄る」
「流入ルートは右。避難線は左寄り。正面から突っ込むと生存者ごと巻き込む」
玲司はもう一か所を叩く。
「ここ。使われてない保守柵。正式導線じゃないが、補修記録に触れてない。まだ抜けられる」
ユラが顔をしかめる。
「また旧導線? 好きだねえ、そういうとこ」
「向こうが隠す時に雑になる場所だからな」
レナが短く言う。
「人数は四人、確定か」
「入坑記録は四。書き込みも複数人の文体じゃない。誰か一人が、四人分まとめて投げた可能性が高い」
「動ける人数は?」
「分からない。歩けるのは二人以下かもしれない」
空気が少しだけ重くなる。
四人と分かっている現場は、逆に厄介だ。
一人でも重傷なら、導線の難易度が跳ね上がる。
玲司は順に視線を配った。
「ミオ。現地掲示板と救助窓口の流れを追え。最初に拡散したやつも見る。誰が待ってるか知りたい」
「はい」
「カナデ。管理側の更新時刻を洗え。封鎖処理がどの順で動いたかも押さえろ」
「了解」
「ユラ。外の目を散らせ。映像は撮る。ただし、手元と結果だけだ。導線は残すな」
ユラが小さく笑う。
「昨日決めたこと、ちゃんと使うんだ」
「使わないと意味がない」
「はいはい、分かった」
「レナ先輩は前。開口確保と盾」
レナは短くうなずく。
「開ける」
「俺は全体を見る。今日は特に順番を間違えるな」
玲司は図面の上に、四つの丸を置いた。
「手前で歩けるやつが二人見つかったら、先にユラとミオで動かす。レナは残って奥の護衛。カナデは三十秒だけ梁を保たせる。俺が最後の二人を切り分ける」
「重傷者がいたら?」
カナデが問う。
「最初から二段搬送に切る。全員一気はやらない。四人を四人のまま持ち帰る」
部屋が静まる。
言葉にすると、重い。
でも、それを先に言っておかないと現場でぶれる。
ミオの端末がまた震えた。
「……新しい書き込みです」
「読めるか」
「“正式より先に入れるやつ、今しか間に合わない”」
ユラが低く舌打ちした。
「露骨」
「ああ」
玲司は答える。
「見られてる。待たれてる。たぶん試されてもいる」
「それでも行くんでしょ」
ユラが聞く。
玲司は図面を畳んだ。
「助けられるのに、見捨てる理由はない」
軽い返事じゃない。
だから誰も、それ以上は言わなかった。
準備室を出る直前、玲司は最後にだけ低く言う。
「先に着ける。だが、救助優先だ。証拠はそのあとでいい」
「了解」
四つの返事が重なる。
正式救助のサイレンは、まだどこにも聞こえていない。
なら、間に合うかどうかは、たぶん自分たちの足にかかっていた。




