表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
学校ではモブの俺、裏ではダンジョン救助組織の司令塔 ――《痕跡鑑定》で事故も隠蔽も見抜いてやり直す  作者: 玖城イサ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/8

第5話 二年前の教室

 

 二年前の教室は、思っていたよりずっと普通だった。


 朝のざわめき。

 まだ少し湿ったチョークの粉。

 窓際で誰かが笑って、後ろの方で誰かが眠そうに机へ突っ伏している。


 前の時間軸では、あの日の崩落で欠けた顔が、今は何事もなかったみたいに席に着いていた。


 玲司は教室の扉の前で一瞬だけ足を止めた。


 まだ誰も死んでいない。


 その事実が、胸の奥をきつく締める。

 けれど、ここで立ち尽くしていれば目立つだけだ。


 玲司は何でもない顔を作って、自分の席へ向かった。


「お、水城。珍しく早いじゃん」


 後ろの席の男子が、半分あくび混じりに声をかけてくる。

 玲司は鞄を机へ置きながら短く返した。


「たまたま」


「薄いなあ、相変わらず」


「朝から濃い会話したくないだけ」


「ちょっと返してくるの腹立つな」


 周囲が小さく笑う。

 悪意はない。深く興味もない。

 それが今はありがたかった。


 黒板の端には、今週の予定が書かれている。

 通常授業。基礎実技。校内実習。

 その少し先に、合同実習の文字。


 玲司はそこを見ないふりで、しっかり頭に刻んだ。


 前と同じだ。

 少なくとも今は、まだ。


 窓際では、クラスの中心にいる連中が何かの話で盛り上がっている。

 その輪の中に、朝比奈ユラの姿もあった。明るくて、表情がよく動いて、自然に人が集まるタイプの顔だ。


 玲司はすぐに視線を切った。


 見覚えのある顔だった。

 前の時間軸では、まともに話す前に崩落へ呑まれた顔でもある。


 今はまだ、ただのクラスメイトだ。

 そう扱わなければ、たぶん自分の方が持たない。


「水城、聞いてるか」


 担任の声で意識が戻る。

 いつの間にか朝のホームルームが始まっていた。


「……はい」


「午後の校内実習、装備点検忘れるなよ。前みたいに補助具だけ持って本体置いてくるな」


 教室が少し笑う。


 玲司は軽く目を伏せた。

 前みたいに、というのは今の時間軸ではまだ起きていない。

 けれど、この教師の言い方も、周囲の空気も、全部覚えていた。


 水城玲司。

 実技はいまいち。

 補助寄り。

 印象が薄い。

 たまに変なところで妙に真面目。


 学校の中での自分は、その程度の立ち位置だ。


 それでいい、と玲司は思う。

 むしろ今は、それが武器になる。


 授業の合間、ノートの端に今日の日付を書く。

 二年前。

 何度見ても変わらない。


 夢じゃない。

 なら、やることは一つだ。


 全部を一気に変えるのは無理だ。

 合同実習そのものへ今の時点で踏み込めば、警戒される。浮く。潰される。

 前の時間軸で、それは嫌というほど思い知った。


 だから、まずは小さく変える。


 その日の放課後、玲司は机の中から実習プリントを引き抜いた。

 明日の校内実習。学院地下の訓練区画B。

 班分け、立ち位置、移動順まで、前と同じだった。


 思い出す。

 大崩落の前にも、小さな事故はあった。

 死者は出ない。大して話題にもならない。記録にもほとんど残らない。

 だが確かに、そこには同じ臭いがあった。


 見過ごされた歪み。

 雑に処理された危険。

 誰も気にしない“小さすぎる前兆”。


 そこを変えられるなら、最初の分岐になる。


「水城、まだ帰んないの?」


 教室を出かけていた男子が、扉のところで振り返る。


「もう帰る」


「珍しいな。居残り補習かと思った」


「そこまで学校好きに見える?」


「見えない」


 即答されて、玲司は少しだけ口元を緩めた。


 教室を出る時、窓際でまた朝比奈たちの笑い声が聞こえた。

 明るい空気の中心にいる声。

 前の時間軸では、あの日のあと二度と聞けなかったものだ。


 玲司は立ち止まらない。

 止まる代わりに、鞄の中の実習プリントを指先で折り曲げた。


 明日の校内実習。

 そこが最初のやり直しになる。


 今度は、見過ごさない。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ