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学校ではモブの俺、裏ではダンジョン救助組織の司令塔 ――《痕跡鑑定》で事故も隠蔽も見抜いてやり直す  作者: 玖城イサ


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第4話 死に戻った朝

 

 崩落が一段落したあとに残る静けさは、いつも少し遅れて来る。


 悲鳴が減る。

 泣き声が遠のく。

 代わりに、砕けた石がぱらぱら落ちる音だけが耳に残る。


 玲司は左腕を押さえて立ち上がった。

 打撲だけじゃない。呼吸も浅い。脚も痛む。

 それでも歩けるうちは動くしかなかった。


 生き残りの大半は外へ流れ始めている。

 教員たちもようやく救助の形を取り始めた。

 遅い。だがゼロじゃない。


 玲司は逆へ向かった。


 崩れた管理区画。

 監視端末の置かれていた台座。

 搬出レール脇の新しい擦り傷。

 支柱の根元の揃いすぎた切断面。


 《痕跡鑑定》が、嫌になるほど綺麗に繋げていく。


 先に弱らせていた。

 逃げ道を狭くしていた。

 崩落のあと、最優先で回収したのは記録媒体だ。


 事故のふりをした隠蔽。


 玲司は崩れた管理室の前で足を止めた。

 完全には潰れていない。奥の補助机も生きている。予備ログ端末が残っているならここだ。


 足元に、割れた携行端末が落ちていた。

 外装は死んでいる。だが中の記録媒体は無事かもしれない。


 玲司が拾い上げた、その時だった。


「だから、入口側の原本を先に回収しろと言ったんです」


 角の向こうから声がした。


 玲司は反射で身を伏せる。

 崩れた資材棚の陰。土埃の向こうに二人分の影が揺れた。


 ひとりは黒峰クランの担当者。

 もうひとりは学院側の教員だった。さっきまで生徒に指示を飛ばしていた男だ。


「死者数はまだ確定していません」

「確定前でいい。搬出記録と監視ログの原本を先に処理しろ」

「証言が残る」

「証言は散る。映像と原本が残らなければ、今日の崩落は偶発事故だ」


 偶発事故。


 その言葉だけで十分だった。


「予備ログは?」

「一部は落盤で潰れました」

「潰れていないものだけ拾え。改ざん前ログが残ると面倒だ」


 玲司の胃が冷える。


 改ざん前。

 つまり、崩落の前から手を入れていた。


「……生徒が何人か見ています」

「見たところで意味はない。誰が、何を、どの順番で見たかまで証明できるか?」


 淡々とした声だった。

 慌ててもいない。

 隠すことに慣れた声だ。


 ユラの名前はまだ知らない。

 誰が死んだかもまだ全部は分からない。

 それでも、ここで拾えるものを落とすわけにはいかなかった。


 玲司は手元の端末を見た。

 割れた画面の奥で、記録媒体のランプがかすかに生きている。

 持ち出せば、何か残るかもしれない。


 一歩、後ろへ下がる。


 その時、靴の下で瓦礫が小さく鳴った。


 二人の視線が同時にこちらを向く。


「誰だ」


 玲司は走った。


「待て!」


 懐中灯の光が背を切る。

 だが通路は狭い。崩れた搬出路の上は、踏んでいい石と駄目な石が分かれている。玲司にはそれが見える。


 管理室脇の割れ目。

 床のまだ生きている線。

 崩れかけた壁を避ける最短導線。


「止まれ、水城!」


 名前を呼ばれた瞬間、背筋が冷え切った。

 もう顔を見られた。もう誤魔化せない。


「それを渡せ!」


 玲司は答えない。

 答える理由がなかった。


「助けを呼んだ方がいいんじゃないですか」


 息を切らしながら吐き捨てると、背後の男が薄く笑う気配がした。


「助ける優先順位は選ぶものだ」


 その返答で、全部が確定した。


 玲司は角を曲がる。

 だが、その先の通路の読み直しが半拍だけ遅れた。


 追われる前提の足場確認が足りていない。


 頭上で大きく岩が鳴る。


 しまった、と思った時には遅かった。

 玲司は前へ飛び込む。だが崩落の方が速い。


 衝撃。

 視界が白く弾ける。

 胸の上に重さがのしかかり、息が潰れる。


 手の中の端末が弾かれ、暗がりの向こうへ転がっていく。

 割れた画面が一瞬だけ点いた。タイムスタンプと、監視ログの断片。そこまで見えて、また暗くなる。


 足音が近づいて、止まる。


「……これでいい」


 黒峰の担当者の声だった。


 瓦礫をどける音はない。

 助けを呼ぶ声もない。

 ただ、確認して終わりにする沈黙だけが落ちてくる。


 見捨てられた。


 事故の真相に近づいたから。

 余計な痕跡を読みすぎたから。

 生きて外へ出られると困るから。


 喉の奥に血の味が上がる。

 怖いより先に、悔しさが来た。


 助けられなかった。

 止められなかった。

 残せなかった。


 それでも、まだ終わるなと、胸のどこかが叫んでいた。


 ――今度は。


 そこで意識が落ちた。


 次に目を開けた時、天井が白かった。


 硬い岩肌じゃない。

 見慣れた、自室の天井だ。


 玲司は跳ね起きる。

 胸を押さえる。潰れていない。呼吸が入る。左腕も動く。血の匂いも、土の味もない。


 机の上の時計が、朝の時刻を示していた。

 その横のスマホには、見間違えるはずのない日付。


 二年前。


 玲司はしばらく画面を見つめた。

 窓の外では、通学路のざわめきが始まっている。

 まだ誰も死んでいない朝。

 まだ全部が起きていない時間。


 鏡の前に立つ。

 黒髪。伏し目がちの顔。印象の薄い、二年前の水城玲司。


 けれど中身だけは違う。


「……今度は死なせない」


 誰に聞かせるでもなく呟く。

 その声を自分で聞いた瞬間、教室のざわめきと、まだ生きているはずの名前たちが一気に現実へ戻ってきた。


 やり直しは、もう始まっていた。



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