第3話 あの日、救えなかった
最初に落ちてきたのは、岩じゃなく金属だった。
補助梁が悲鳴みたいな音を立てて折れ、さっきまで人がいた場所へ叩きつけられる。悲鳴が上がる。土煙が一気に視界を奪った。
「細道へ流れろ! 左は使うな! 一列で行け!」
玲司は喉が裂けるほど叫んだ。
今だけは、信じる信じないを待っていられない。
右壁が割れる。
床が沈む。
予想通りの順番で通路が崩れていく。
「先生、前を止めて! 密集させるな!」
「落ち着け、列を——」
教員の指示は途中で途切れた。
足元の床が抜け、教員の身体が半ばまで沈む。近くにいた生徒が腕を掴んだが、そのせいで二人まとめて動けなくなる。
助けに行けば数秒かかる。
その数秒で、後ろが詰まる。
詰まれば次の落下でまとめて死ぬ。
玲司は一瞬だけ歯を食いしばり、別の方を見た。
「後ろは止まるな! 細道だ! 右側だけ見ろ、足元を踏み外すな!」
数人がようやく従う。
声が通る。だが全員じゃない。悲鳴で判断が散っている。
その時、奥の封鎖柵が弾けた。
低い唸り声。
四つ脚の小型魔物が二体、土煙の向こうから滑り出る。低層にいる採掘荒らしだ。単体なら大した相手じゃない。だが、パニックの人間相手なら十分に危険だった。
「魔物!」
「うそだろ!」
「こっち来る!」
さらに通路が乱れる。
足が止まる。
そこで止まるな、と叫ぶ前に、一人の男子生徒が転んだ。
玲司は近くの資材棒を拾い、魔物の進路だけをずらすように振った。
倒すためじゃない。噛みつく先を変えるための一打だ。
「戦うな! 逃げろ! 細道を空けろ!」
一体が横へ逸れ、その隙に二人が通る。
もう一体は、瓦礫に足を取られた女子生徒へ向かった。
玲司はそこへ走った。
前に出るのは悪手だと分かっている。
でも、見捨てる計算だけはしたくなかった。
「立てるか!」
「足、挟まって……!」
女子生徒の足首が瓦礫の下に噛まれていた。
無理に引けば折れる。だがここにいれば魔物が来る。
玲司は周囲を一瞥する。
短い支柱片。使える。
倒れたワゴン。てこにできる。
「そこで暴れるな。抜くぞ」
支柱片を差し込み、体重を乗せる。
数センチだけ浮く。
その間に女子生徒が足を引き抜いた。
「細道へ走れ! 振り返るな!」
女子生徒が泣きながら走る。
その直後、魔物が跳んできた。
玲司はまた資材棒を叩きつける。頭じゃない。横顔でもない。肩口。狙いは一瞬の姿勢崩しだけ。
そこへ上から砕けた岩が落ち、魔物ごと床を叩いた。
運が良かっただけだ。
それでも、まだ終わらない。
通路奥からまた悲鳴が上がる。
振り向くと、別班の三人が崩れた梁の向こうに取り残されていた。梁はまだ完全には落ちきっていない。今なら一人ずつ通せる。
「一列で来い! 走るな! 頭を下げろ!」
玲司は梁の沈み方を見た。
あと数秒。
順番を間違えたら全員潰れる。
一人目がくぐる。
二人目も通る。
三人目が来ようとした瞬間、奥から別の魔物が這い出た。さっきより大きい。封鎖柵の破れ目から無理やり押し出されたらしい。
まずい。
「そのまま来い! 止まるな!」
三人目は半泣きで走る。
だが足元の瓦礫を踏み、転ぶ。
玲司は前へ出た。
支えるだけでいい。一瞬でいい。
そう思って腕を伸ばす。
間に合う、はずだった。
その一瞬前に、梁の片側が落ちた。
轟音。
土煙。
伸ばした手の先を、男子生徒の指先が掠める。
届かなかった。
梁が完全に崩れ、通路の向こう側が塞がる。
その奥で、魔物の唸り声と、短い悲鳴が混ざって消えた。
玲司は固まった。
助けられた人数が頭に浮かぶ。
逃がせた導線も分かる。
その一方で、見捨てた順番まで分かってしまう。
何人なら助けられたか。
どこで切るべきだったか。
それを全部分かったまま、足りなかった。
「水城! こっち!」
誰かが呼ぶ。
振り向くと、生き残った生徒たちが細道の先でこちらを見ていた。まだ逃がせる。まだ外へ出せる。
玲司は痛いほど歯を噛んで、そちらへ走る。
助けられなかった。
それでも次を捨てる理由にはならない。
だが通路を抜ける直前、玲司は見てしまった。
黒峰クランの担当者たちが、別ルートから下がっていく。
負傷者より先に、記録端末のケースを抱えて。
あれは救助の動きじゃない。
その違和感が、崩落の記憶より深く胸に刺さった。




