第2話 誰も信じない痕跡
「止まれ!」
通路に、玲司の声が鋭く響いた。
先頭の数人がびくりとする。
けれど足が止まったのは一瞬だけだった。
「は?」
「何」
「またかよ」
玲司は前へ出る。
採集棚の手前。床の継ぎ目。右壁の奥。危険が一点に集まっていた。
「そこを踏むな。崩れる」
教員が振り返る。
「水城、持ち場に戻れ」
「無理です。もう鳴り方が変わってる。右上から来ます」
「鳴り方?」
「支柱です。あと床。今ならまだ間に合う」
黒峰クランの担当者が、玲司の前に半歩だけ出た。
「いい加減にしようか」
さっきまでの笑顔は残っている。
だが声は少し低かった。
「安全確認はこっちの仕事だ。君が見た傷や粉や振動だけで、現場は止められない」
「じゃあ見てください。左通路に置かれてる資材もおかしい。退避路が細くなってる」
「関係ない」
「あります」
「君の勘より、記録の方が上だよ」
「勘じゃない」
押し返すと、男の目が少しだけ細くなった。
「よく見てるんだな」
その一言だけで、玲司の背中に冷たいものが走る。
ただの臆病者へ向ける声じゃない。余計なものまで見てしまう相手を測る声だ。
教員が苛立ったように手を振る。
「私語は終わりだ。実習を続ける」
「先生」
「水城!」
通路の空気が完全に傾いた。
面倒なやつを見る目。
怖がりが騒いでいると思っている目。
玲司は視線を巡らせる。
前の班がこのまま進めば、崩落に巻き込まれるのは八人。
右壁が割れれば奥の封鎖柵にも衝撃が入る。そうなれば、低層用に閉じ込められている小型魔物が流れ込む可能性がある。
崩落だけで終わらない。
「先生、せめて人を薄くしてください。密集させたら詰まる」
「指示するのは私だ」
「ならすぐやってください」
「水城!」
怒声が飛ぶ。
何人かが後ずさる。
だが、前の班は止まらない。
玲司は決めた。
もう信じさせる段階じゃない。動かす段階だ。
「前列、三歩下がれ! 右に寄るな! 左の箱に近づくな!」
「おい、勝手に——」
教員の言葉より先に、頭上で細い音が鳴った。
ぱき、と。
玲司の視界で危険導線が一気に走る。
補助梁。右壁。床。
その先に、押し合って詰まる人の流れまで見えた。
「下がれ!」
玲司が叫んだ次の瞬間、右上の梁が折れた。
誰もまだ理解していなかった。
理解したのは、玲司だけだった。
崩れる。




