第46話 端末の向こう側
隠すのが上手いやつほど、隠し方に仕事の癖が出る。
翌日の放課後、準備室の机には端末が三台並んでいた。
ミオの拾った参照記録。
ユラの匿名受信箱の予備ログ。
カナデが学内から抜いた、外部接続の残滓。
玲司は立ったまま、他の四人の手元を見ていた。
前に出る話じゃない。
こういう時の主役は、読む人間と繋ぐ人間だ。
「これ、個人の隠し方じゃないわ」
最初に切ったのはカナデだった。
「踏み台を二つ噛ませてる。でも雑に消してる部分と、異様に綺麗な部分がある」
ユラが首を傾げる。
「上手いのか下手なのかどっち?」
「両方よ。末端は雑。でも中継の癖が業務用」
玲司が聞く。
「具体的には」
「接続の切り方」
カナデは画面上の一列を指した。
「普通の個人端末なら、閲覧して閉じて終わり。けどこれは違う。一度外部の監視領域へ投げて、必要な部分だけ拾ってる」
ミオが補足する。
「しかも参照先が固定じゃないです。同じ送信元に見せないために、毎回少しずらしてます」
レナが腕を組む。
「回りくどいな」
「回りくどくできる環境ってことです」
ミオの声は小さいが、芯はあった。
「個人じゃ用意しにくい」
カナデが数秒だけ黙り、それから言った。
「企業サーバー経由ね」
準備室が静かになる。
ユラが先に反応した。
「企業って、会社の?」
「そう」
「え、学生の悪ふざけとかじゃなく?」
「最初からその線は薄かったけど、今のでかなり消えたわ」
玲司は机へ片手をついた。
「どの種類だ」
「断定までは無理。でも、個人ブログや配信基盤の噛ませ方じゃない。もっと管理寄り。ダンジョン関連企業か、監視・保守系の外部回線に近い」
学園の教員ではない。
行きずりの探索者でもない。
まして学生の遊びでもない。
南第三区の依頼を流し、TRACEがどう動くかを見ていたのは、外で回線を持っている組織だった。
ユラが表情を消す。
「……うわ」
「どうした」
玲司が聞く。
「いや、ちょっと。急に嫌な現実になったなって」
ユラは端末を見ながら続ける。
「謎の誰かに見られてる、はまだ雑に気持ち悪いで済むじゃん。でも“企業サーバー経由です”って言われると、急に予算と人数のあるやつらっぽくなる」
「その認識でいいわ」
カナデは冷静だった。
「少なくとも、偶然見つけて面白がる側じゃない」
玲司は昨日の現場を思い出す。
固定金具。
入口側で止まる二人。
依頼文を見たあとで結果だけを拾う参照。
全部が一本に繋がる。
「目的は」
レナが短く聞いた。
「救助班の評価か。それとも潰す前の下見か」
「まだ両方あり得る」
玲司は即答しなかった。
「でも少なくとも、助ける側じゃない。救助したいなら、あんな依頼の流し方はしない」
ミオが静かにうなずく。
「見たいのは、人が助かるかどうかじゃないです。TRACEが、どう助けるかです」
そこが重かった。
人命より先に、こちらの動き方。
導線の切り方。
人数配分。
救助優先の癖。
そういう“勝ち方”そのものを見られている。
カナデがさらに画面を拡大する。
「もう一つあるわ」
「何だ」
「この回線帯、学院の中から直接触った形じゃない。でも学院の外から、学院寄りの案件を追うには向いてる」
「スポンサー筋?」
ユラが言う。
「そこまでは言わない」
カナデは首を横に振った。
「でも、学園ともダンジョン管理とも無関係じゃないはずよ」
玲司は小さく息を吐いた。
黒峰とは別。
学園の内部協力者とも別。
だが、同じ案件の外周を回れる立場。
敵の層が一段増えた。
そういう感覚だった。
レナが壁を離れる。
「で、どうする」
玲司は短く切った。
「今まで通りには動かない」
ユラが片眉を上げる。
「珍しく早いね」
「相手が学生じゃない」
その一言で、全員の空気が少しだけ変わった。
学校の噂。
教師の隠蔽。
黒峰の現場処理。
そこまでは、まだ学園の延長で見ていた。
だが端末の向こう側にいるのは、もっと外だ。
現場の後始末も、回線の隠し方も、最初から業務としてやる側。
ミオが端末を閉じる。
「玲司先輩」
「何だ」
「この先、救助依頼が来ても、前みたいにそのままは踏めません」
「分かってる」
「でも、踏まないと死ぬ時もあります」
「分かってる」
同じ返答だった。
けれど、それしかない。
カナデが最後に画面の一角を指した。
「ここだけ、完全に切れてないわ」
玲司が視線を落とす。
数字の端。
消したはずの参照痕の残り。
そこに、ごく短い識別子が残っていた。
企業名までは届かない。
だが、個人が遊びで使うには不自然すぎる記号列だった。
「……仕事の手つきね」
カナデが言う。
玲司はうなずいた。
「学生じゃない敵だ」
その答えが出た時点で、もう学校の内輪だけを警戒している段階は終わっていた。
そして玲司は、その識別子の並びを見ながら確信する。
端末の向こう側にいるのは、こちらを一度試して終わる相手じゃない。
測る価値があると思ったから、次も見にくる。
それが一番厄介だった。




