第47話 学生じゃない敵
学校にいる間だけは、全部が日常のふりをしてくる。
翌朝の教室も同じだった。
担任の声。
配られるプリント。
誰かの眠そうな欠伸。
窓際で笑う連中。
その中にユラがいて、カナデがいて、玲司もいる。
でも、それだけだ。
誰も目を合わせない。
何も知らないクラスメイトのまま時間が過ぎる。
「水城、それ後ろ回して」
「ああ」
紙を受け取る。
隣の席へ渡す。
そこに意味はない。
意味がないふりをすること自体が、今のTRACEには必要だった。
昼休み、廊下の掲示板前でカナデに呼び止められる。
「水城くん。図書室の貸出票、出しっぱなしだったわよ」
「悪い」
「次は気をつけて」
それだけだ。
風紀委員と、少しだらしない生徒。
周囲にはそう見える。
だがすれ違いざま、カナデが小さく落とした。
「今日の外部回線、朝から一件」
玲司は表情を変えない。
「学院側か」
「違う。外から見てるだけ」
そのまま二人は離れた。
授業が終わったあと、旧校舎の階段裏。
最初に口を開いたのはユラだった。
「で、結論。わたしたち、ちょっと有名になったってことじゃん?」
明るく言ったが、冗談だけでもなかった。
「南第三区の件、完全に隠せてるわけじゃないし。前の映像も少し残ってる。救助班として目つけられたなら、ある意味わかりやすくない?」
レナが鼻を鳴らす。
「前向きすぎるだろ」
「でもゼロじゃないでしょ」
ユラは玲司を見る。
「助ける組織として見られた、って考え方もある」
玲司は少しだけ黙った。
その言い方を、否定したいわけじゃない。
助けた結果、見つかる。
それ自体は避け切れない。
でも、今回の気持ち悪さはそこじゃない。
「違う」
玲司が言うと、ユラの笑みが少しだけ薄くなる。
「有名になった証拠じゃない」
「じゃあ何」
「狩る前触れだ」
その場が静かになった。
ミオが小さく視線を上げる。
カナデも何も挟まない。
玲司は続けた。
「救助した結果を見てるんじゃない。どう救助したかを見てる。どこで人数を割るか、何を優先するか、誰が何を担当するか。そういう癖を拾ってる」
「……対策するために?」
ユラの声が少し低くなる。
「たぶんな」
「うわ」
短い相槌だった。
でも、そこに軽さはなかった。
レナが腕を組む。
「黒峰とは別だな」
「別だ」
玲司はうなずく。
「学園側とも違う。あっちは隠す側だ。でも今見てるやつは、俺たちの使い方を測ってる」
カナデが静かに補足する。
「しかも業務の手つきよ。個人の執着や好奇心じゃない。組織として、価値を測ってる」
「価値、ね」
ユラが壁へ寄りかかった。
「人助けの手順に値札つけて見てる感じ、ほんと嫌なんだけど」
玲司はその言葉にだけ、少し強くうなずいた。
まさにそれだった。
誰を助けるかじゃない。
どう動くか。
どこまで使えるか。
どこを潰せば止まるか。
こちらを人間ではなく、機能として見ている。
ミオが小さく言う。
「だったら、今までの痕の残し方じゃ足りません」
「そうだな」
「現場の足跡や端末ログだけじゃなく、動き方そのものを切られます」
玲司は少しだけ目を伏せた。
死に戻り前にも似たものは見た。
救助班が何を優先するかを知っている相手。
証拠を持ち帰る順番を読んで、先に焼く相手。
人命を優先する癖を利用して、別の場所で物証を消す相手。
あの未来は、もう遠くない。
「玲司」
レナが呼ぶ。
「お前、前にも似たのを見てる顔だ」
鋭いが、深入りしない聞き方だった。
玲司は短く返す。
「見てなくても分かる。こういう手つきは、試したら次がある」
ユラが小さく息を吐いた。
「……じゃあ次から、救助のたびに品定めされるってこと?」
「その可能性は高い」
「最悪」
「最悪だ」
玲司は否定しない。
だからこそ、ここで認識を揃える必要があった。
見られている。
しかも相手は学生じゃない。
学園の延長でごまかせる相手でもない。
その時、ミオの端末が震えた。
全員の視線が向く。
ミオは画面を見たまま言う。
「探索者掲示板です」
「何だ」
「昨日の南第三区、もう一部で話になってます。助けられた人が直接じゃないですけど、現場にいた別の人が」
ユラが眉を寄せる。
「広がるの早」
「広がり方が変です」
ミオは続けた。
「感謝より先に、“あの救助班はどこに連絡できる”って流れが出てます」
玲司の目が細くなる。
自然発生の噂だけじゃない。
誰かが、こちらへ依頼を届かせる線そのものを探し始めている。
カナデが低く言った。
「次、来るわね」
玲司は端末の画面を見たまま答えた。
「ああ。しかも今度は、もっと露骨だ」
廊下の向こうでは、まだ誰かが笑っている。
学校は普通の顔をしたままだ。
その裏で、TRACEはもう学生同士の秘密では済まない場所まで踏み出していた。




