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学校ではモブの俺、裏ではダンジョン救助組織の司令塔 ――《痕跡鑑定》で事故も隠蔽も見抜いてやり直す  作者: 玖城イサ


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第44話 見られている組織

 


 助けたあとに残る違和感は、たいてい勝った気分を先に消す。


 救助した男は、地上へ出たあと地元の救急搬送へ繋いだ。

 名乗りはしない。

 記録にも残りにくい形で切る。


 TRACEのいつものやり方だ。


 それでも、玲司の中では一つだけ終わっていなかった。


 南第三区の管理小屋から少し離れた廃休憩所。

 簡易の明かりだけついた部屋で、四人は回収した情報を机に置いた。


 現場の簡易図。

 入口周辺の写真。

 壁際に残っていた固定金具。

 ユラが押さえた外の二人の足元だけの映像。

 そして、救助者の断片的な証言。


「じゃ、整理しよっか」


 ユラが珍しく真面目な声で言う。


「依頼は本物だった。少なくとも行方不明者はいた」


「ええ」


 カナデが続く。


「しかも管理側の封鎖遅れと、誘導の不備も実在する。ここまではただの事故案件として成立する」


「でも、それだけじゃない」


 玲司は机の端に置いた固定金具を見た。


 小さな黒い部品。

 安物だが、用途ははっきりしている。

 壁面固定用。

 軽量カメラやセンサーを置く時の形だ。


「これ、事故処理には要らない」


 レナが鼻を鳴らす。


「見てたってことか」


「たぶん最初からな」


 ミオが静かに足す。


「入口側の二人、救助を手伝う動きじゃなかったです。入ってきてから、ずっと止まる位置を選んでました」


「逃げ道を切るでもなく、近づくでもなく、見る位置だけ取ってた」


 ユラが言う。


「趣味悪」


 玲司は頷いた。


「依頼は本物だ。現場も本物だ。でも、その上に第三者がいた」


 カナデが即座に言語化する。


「事故に便乗したんじゃないわね。事故を利用して、TRACEがどう動くかを見た」


「そういうことだ」


 玲司は救助導線を書き直したメモへ指を置く。


「依頼文に旧管理脇道を書いたのも、そのためだ。あそこなら、俺たちがどう救助を切るか見やすい」


「つまり、こっちの動き方をある程度読んでたってこと?」


 ユラの問いに、玲司は少しだけ考える。


「読んでるというより、確かめてる」


「何を」


「人命を優先するか、追跡を優先するか。現場に何人出すか。どういう順番で導線を切るか」


 レナが眉を寄せた。


「だいぶ気持ち悪いな」


「気持ち悪いわね」


 カナデも同意した。


「しかも、学院側とは別の層よ。南第三区の現場情報と、ユラの匿名受信箱の両方を知ってる」


 そこが一番重かった。

 学園の内側だけを見ていた協力者では届かない位置。

 黒峰だけでも説明し切れない、少し外れた手つき。


 ミオが小さく言う。


「依頼文、消えてました」


 全員が彼女を見る。


「いま?」


「はい。受信箱の本体には残ってません。保存前提じゃなく、閲覧後に消える形式でした」


 ユラが舌打ちを飲み込む。


「うわ、最初からそこまで?」


「でも」


 ミオは続ける。


「消し方が少し雑です」


 玲司の目が変わる。


「何が残った」


「閲覧痕」


 静かな声だった。

 でも、その一言がこの場で一番重かった。


「完全に消えてません。受信箱本体じゃなくて、踏み台側の参照記録が少しだけ残ってます」


 カナデがすぐ立ち上がる。


「端末、貸して」


 ユラが端末を滑らせる。

 カナデの指が速く動き、ミオは隣から必要な位置だけを小声で言う。


「そこです。二段目。開いた時間が二回ずれてます」


「ほんとね……」


 カナデの声が少し低くなる。


「送信者以外に、もう一つ見てる端末がある」


「何だそれ」


 レナが言う。


「実況席か?」


「近いわ」


 カナデは画面を見たまま答える。


「依頼を送ったやつと、それを監視したやつが別にいる形」


 ユラが顔をしかめた。


「依頼者と観測者が別?」


「あるいは、同じ組織の別端末」


 玲司は机上の固定金具を指で転がす。


 依頼は本物。

 行方不明者も実在。

 だが、TRACEを動かすための観測席が先に置かれていた。


 もう偶然動くだけの影じゃない。

 外から見れば、自分たちは“どう動くかを見る価値がある組織”になっている。


 それは、少し前までのTRACEにはなかった段階だ。


「玲司先輩」


 ミオが小さく呼ぶ。


「これ、発信元は切れません。でも、閲覧ログの方は少し追えるかも」


 玲司はうなずいた。


「やる」


 ユラが苦く笑う。


「外の匿名依頼で、いきなり“見られてる組織”認定かあ」


「有名になったって話じゃない」


 玲司は短く返した。


「狩る前の観測だ」


 軽口はなかった。


 レナが壁から背を離す。


「次からは、外も前提変わるな」


「ええ」


 カナデが端末から目を上げた。


「救助や証拠だけじゃ足りない。こっちの痕も消す必要がある」


 玲司は、南第三区の簡易図を畳んだ。

 その裏には、ユラの受信箱から抜いた時刻メモと、ミオが拾った閲覧痕の数字が並んでいる。


 学園の中には協力者がいる。

 学園の外には観測者がいる。


 線はまだ一本じゃない。

 でも、確実にこちらへ近づいている。


「今日は戻る」


 玲司が言う。


「でも、次は依頼そのものじゃなく、見てた側を追う」


 ミオが小さく頷く。


「発信元じゃなくて、端末の向こう側ですね」


「そうだ」


 準備室でも倉庫でもない。

 今度は、端末の向こうだ。


 救助の現場に残されたのは、感謝じゃない。

 固定金具と閲覧痕と、こちらの動きを測る静けさだった。


 TRACEはもう、偶然助けるだけの影ではない。

 そう見なされたからこそ、誰かが動きを記録し始めている。


 そしてミオの端末には、その“誰か”が一度だけ覗いた痕が、まだ薄く残っていた。


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