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学校ではモブの俺、裏ではダンジョン救助組織の司令塔 ――《痕跡鑑定》で事故も隠蔽も見抜いてやり直す  作者: 玖城イサ


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第43話 依頼人のいない救助

 


 人が消える場所には、たいてい二種類の痕が残る。


 助けを求めた痕と、

 それを隠した痕だ。


 南第三区の旧管理脇道は、思っていたより狭かった。

 天井は低く、補助灯の半分が死んでいる。

 一般探索者が好き好んで入る場所じゃない。


 だからこそ、ここへ初心者二人が迷い込んだなら不自然だ。

 誰かに逃げ込まされたか、管理側の案内が遅れたか。

 どちらにしても、ろくな話ではない。


「右壁、触るな」


 玲司が低く言う。


「表面だけ残ってる。中、空洞だ」


 レナが前で立ち止まり、道を切る。


「崩す気で放ってるってことか」


「たぶん」


 玲司は足元の水滴を追う。

 間隔が一定じゃない。

 片足に荷重をかけられていない人間の歩き方だ。


 その途中で、もう一つの痕が混ざる。


 硬い靴底。

 管理側の人間か、それに似た歩幅。

 しかも一度近づいてから、途中で引き返している。


「見捨ててるな」


 ユラが低く言った。


「救助行動の歩き方じゃない」


「ええ」


 カナデも同じ結論らしかった。


「確認だけして戻った形ね」


 玲司は脇道の奥を見た。

 そこに、小さな布切れが引っかかっている。

 市販の安い探索ジャケットだ。

 まだ泥が新しい。


「近い」


 ミオが小さく言う。


「息、しました」


 全員の動きが一瞬だけ止まる。


 玲司は壁際にしゃがみ、音の方向を読む。

 奥の曲がり角。

 補助灯の死角。

 崩落しかけた梁の向こう側。


「一人」


「もう一人は?」


 ユラが聞く。


 玲司は答えなかった。

 代わりに、床の擦れを見た。


 一人は自力で寄った。

 もう一人は、途中から跡がない。


 それだけで、嫌な想像は足りた。


「救助優先」


 玲司が短く切る。


「カナデ、右壁の連鎖だけ止めろ。レナ、前。ユラは光切って、ミオは退路」


「了解」


「分かった」


「はい」


「任せろ」


 レナが前へ出る。

 奥の崩れかけた梁を片腕で押さえ、通れる角度を作る。

 顕現式までは使わない。

 使うほどじゃないが、使えば確実に早い。

 その境目を、レナはちゃんと分かっていた。


 ユラは小型ライトを壁と天井へ散らす。

 一本道の視線を外し、こちらの位置を読みにくくするためだ。


 カナデは端末越しに低く言う。


「右側三十秒。そこから先は持たない」


 玲司は梁の下を滑り込む。


 奥にいたのは、二十歳前後の男だった。

 片足を捻り、肩口を擦っている。

 安いヘルメット。

 小規模クランにも入っていない、個人探索者寄りの装備だ。


 男は玲司たちを見た瞬間、かすれた声を出した。


「……誰、だ」


「助ける側だ」


 玲司は即答した。


「立てるか」


「足、無理……もう一人、いた……」


 やっぱり、と思う。

 だが今は聞いている時間がない。


「名前」


「いらないだろ……」


「いいから呼吸を整えろ」


 玲司は足首の角度を見る。

 折れてはいない。

 捻挫と打撲。

 歩かせるのは危ないが、運べる。


 その時、ミオの声がイヤホンに落ちた。


「先輩。入口側、誰か入ってきました」


 全員の空気が張る。


「人数」


「二。止まり方、変です。探してるというより、待ってます」


 ユラが悪態を飲み込む。


「うわ、最悪。ほんとに見物人つきじゃん」


 玲司は男の肩を支えた。


「行くぞ」


「も、もう一人……」


 男が絞り出す。


「友達、先に……消えた」


 全員が一瞬だけ黙る。


 死んだ、ではない。

 助けた、でもない。

 その言い方だけで、充分嫌だった。


 レナが短く言う。


「追うか?」


 玲司は首を横に振った。


「今は違う。こいつを持ち帰る」


「でも」


「救助優先だ」


 玲司の声は低かった。


「追えば二人目まで落ちる。ここで欲張るな」


 カナデが即座に補強する。


「正しい判断よ。現場保持より人命が先」


 ユラも軽さを捨てた声で言う。


「了解。じゃあ外の二人は、こっちで視線切る」


 玲司は男を立たせる。

 肩へ体重を預けさせ、一歩ずつ動かす。

 その途中、壁際に不自然な留め具が見えた。


 管理補助具じゃない。

 小型の固定金具。

 カメラかセンサーを置く時の形だ。


 しかも、角度がちょうどいい。

 この救助導線を正面から見られる位置だった。


「……やっぱりな」


 玲司が低く呟くと、男がかすれた声で言った。


「俺ら……落ちたんじゃ、ない……」


「何だ」


「閉鎖されてるって、聞いてなくて……奥、急に灯り落ちて……そのあと、案内してきたやつ、消えて……」


 偶然の事故じゃない。

 誰かが奥へ寄せた。


 玲司は男を支えたまま、短く言う。


「話はあとだ。今は出る」


 梁を抜ける。

 レナが最後に手を離し、崩れの連鎖を最小限で止める。

 ミオが引いた退路へ乗ると、入口側の足音が少しだけ動いた。


 だが、追ってはこない。


 それが一番気持ち悪かった。


 ユラが低く笑う。


「わたしたちの逃げ方、見てるだけっぽい」


「分かってる」


 玲司は男を連れたまま出口へ急ぐ。


 救助は成功した。

 少なくとも、一人はまだ生きている。


 だが依頼人はいない。

 現場へ誘導した誰かも、名乗らない。

 その代わりに、救助導線を正面から切れる位置へ、固定具だけが残されていた。


 本物の事故に、本物の救助が必要だった。

 そこまでは間違いない。


 その上に、別の誰かが観測席を用意していた。


 南第三区の空気は、そこだけ異様に冷えていた。


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