第42話 匿名依頼の外仕事
学校の外に出た瞬間、隠れている理由は少し変わる。
蒼栄学院では、玲司たちは無関係を装えばいい。
校内の噂も、視線も、接触も、演技で切れる。
だが学外では違う。
そこには、玲司たちがどういう関係に見えるかより先に、
どこから来た何者なのかという視線がある。
夕方。
南第三区へ向かう途中の高架下駐車場。
人の少ない場所に、時間差で四人が集まった。
制服ではない。
玲司はフード付きの軽装に喉元通信機。
ユラはキャップとマスク、小型カメラ。
カナデは黒系の上着と端末。
ミオは薄いフード付きのパーカーにイヤホン。
レナだけが、少し離れた柱の陰で腕を組んでいた。
「なんか、ほんとに外仕事って感じ」
ユラが小さく言う。
「学院の裏で集まる時より、ちょっとだけ緊張するんだけど」
「当たり前だ」
玲司は端末の地図を見たまま返す。
「こっちは誤魔化しが利きにくい」
カナデが足元の簡易地図を開く。
「南第三区低層坑道。市営管理の古いダンジョンね。一般探索者も入るけれど、最近は利用者が減ってる」
「何で」
レナが聞く。
「小規模崩落が続いたからです」
答えたのはミオだった。
「死者は出てません。でも、閉鎖判断が遅いって苦情が三件あります」
玲司はその言葉にだけ目を細める。
小規模崩落。
閉鎖判断の遅れ。
管理側の言い回し。
嫌なほど、昨日まで見ていた学園側の線と似ていた。
「集合から十五分で現場入る」
玲司が言う。
「目的は二つ。行方不明者が本当にいるか確認すること。もう一つは、依頼文の出どころが現場側かどうか見ること」
「罠だったら?」
ユラが聞く。
「それも見る」
「雑」
「余計なことを増やすな」
ユラは肩をすくめたが、口元は少し引き締まっていた。
南第三区の入口は、想像より古かった。
管理小屋の外壁は白がくすみ、受付窓口の案内紙も端が浮いている。
だが、完全に放置されているわけでもない。
最近貼り直された封鎖図が一枚だけ混ざっていた。
玲司は入口脇で足を止めた。
「おかしいな」
「何が」
「封鎖図の更新が早すぎる」
近づきすぎない位置から見る。
日付は昨日。
だが、紙の端がもう少し擦れている。
貼ったのが昨日なら、こうはならない。
カナデが端末を見ながら言う。
「自治体側の更新履歴だと、封鎖判断は今日の午前になってる」
「じゃあ昨日貼られてるの変じゃん」
ユラの声が低くなる。
「管理側の現場処理が、公開記録より先に動いてる」
玲司はうなずいた。
「しかも、そう見せる気もない」
入口を入る。
低層独特の薄い湿気。
人工照明の白さ。
使い古された安全柵。
学院の実習区画より狭い。
だが民間利用のせいで、人の痕は雑に重なっていた。
玲司は床を見る。
探索者の軽い靴跡。
管理側の硬い靴底。
古い台車痕。
新しい引きずり跡。
「……二人分だな」
「行方不明者?」
ミオが聞く。
「たぶん。初心者寄りの歩幅。装備も軽い」
レナが短く言う。
「事故った跡は」
「まだ浅い」
玲司は壁際の削れをなぞる。
「崩れたんじゃない。崩れかけた、で止まってる」
「止まってる?」
「誰かが一度、管理側へ寄せてる」
ユラが嫌そうに顔をしかめた。
「それ、また“ちゃんと片づけたふり”系?」
「近い」
奥へ進むほど、人の痕が減る。
代わりに、管理用の古いペイント矢印だけが残っていた。
そして一か所だけ、誰かが最近触った跡がある。
錆びた非常灯の脇。
公式導線ではない横穴の柵が、内側から少しだけ擦れていた。
玲司はそこで止まる。
「ここだ」
「依頼文の簡易図と同じ?」
カナデが聞く。
「同じだ」
玲司は短く返す。
「旧管理脇道。やっぱり現場を知ってるやつが書いてる」
「じゃあ本物寄り?」
ユラが言う。
「依頼文の現場情報はな」
玲司は柵の蝶番を見る。
「でも、別の気配もある」
「別?」
「見てる側の置き方だ」
床の端に、小さな反射片が落ちていた。
ガラスじゃない。
薄い樹脂のレンズ片みたいなもの。
しかも壊れた位置が妙だ。
事故で飛んだんじゃない。
固定した何かが途中で外れた形に近い。
ユラが声を落とす。
「カメラ系?」
「かもしれない」
「匿名依頼でそれ引く?」
「嬉しくはないな」
ミオが静かに言った。
「……でも、人の気配もあります」
「どこだ」
「右奥。水の落ち方が変です」
全員がそちらを見る。
確かに、湿った床に新しい点々が続いていた。
自然な滴りじゃない。
誰かが片足を引きずりながら、壁伝いに進んだ時の落ち方だ。
玲司はその先を見た。
事故か、罠か。
どちらか一つじゃない。
たぶん両方だ。
「行く」
「了解」
「封鎖補助、いつでも」
「先輩、退路見ます」
「前、開ける」
四人の声が短く重なる。
学園の外で動く依頼は、校内の延長じゃない。
そう思っていた。
だが現場へ入った時点で、玲司には分かった。
ここもまた、誰かの都合で静かにされている。
しかも、その静けさの奥には、まだ間に合う人の痕が残っていた。




