第40話 学園都市級崩落の兆候
数字じゃなく、位置で見ると、事故は急に黙れなくなる。
夜。
空き教室の机に、紙が広がっていた。
旧版の校内便覧。
施設管理の公開図面。
図書室から拾った古い新聞の小さな図版。
昨夜の原紙。
改ざん前ログ。
全部ばらばらだ。
だが玲司には、ばらばらのままには見えなかった。
「そこ、重なります」
ミオが小さく言う。
彼女が指したのは、旧搬送路の線だった。
その上に、カナデが拾った封鎖区画の座標を書き込む。
さらに新聞の事故記事から拾った修繕予定区域を置く。
ユラが顔をしかめた。
「うわ。嫌」
「きれいに寄ってるわね」
カナデも声を落とす。
「偶然の事故なら、こうはならない」
レナは壁際から図面を見下ろした。
「つまり?」
玲司は紙の上へ指を置いた。
「小さい事故が、全部同じ導線の上にある」
第十四実習区画。
第八区画封鎖。
旧搬送路再配置。
補助支柱の交換。
倉庫から出た補助金具。
それらは別々の問題として処理されてきた。
設備不良。
老朽化。
安全対策。
軽微事故。
だが位置で読むと違う。
地下の補修線と搬送路、その交点ばかりが薄く削られている。
「試してるんだな」
レナが言った。
「どこを触れば、どこまで崩れるか」
玲司はうなずく。
「たぶんそうだ」
ユラの軽さが、今度は完全に消える。
「それって、実習の事故隠しとかそういう話、もう超えてない?」
「超えてるわ」
カナデが答えた。
「小事故の処理にしては、線が長すぎる。区画をまたいでる」
ミオが図面の端を押さえながら言う。
「図書室の古い新聞でも、同じ線の上でだけ“軽微な補修”の記事が何度も出てました。大きくならないように、毎回別件みたいに書かれてます」
玲司は、昨夜持ち出した原紙の圧痕をもう一度見る。
表では消された番号。
裏にだけ残る線。
その先にある施設コード。
「ここ、学園だけじゃない」
「……何?」
ユラが聞き返す。
玲司は公開図面のさらに下に、学園都市の簡易インフラ図を重ねた。
地下搬送路。
非常用魔力導管。
実習区画の補助支線。
ばらばらだった事故点が、都市の基礎線へ食い込んでいく。
「学園都市の基盤に繋がってる」
沈黙が落ちた。
誰もすぐに言葉を継げなかった。
スケールが、一段上がる。
「……おい」
レナが低く言う。
「それ、本気で言ってんのか」
「まだ断定じゃない」
玲司はそう言いながらも、視線を紙から外さない。
「でも、過去の事故は全部“小さな失敗”じゃない。崩れ方を試してる。どこを削れば、どこまで連鎖するか。その前段だ」
カナデがログ差分へ目を落とした。
「黒峰の外注コードが混ざっていた理由も、それなら通るわね。素材の横流しだけじゃなく、導線そのものをいじる価値がある」
「学園が隠してるのも同じ理由?」
ユラの声は少し掠れていた。
「表に出たら、実習事故どころじゃ済まないから」
玲司は短く言う。
「学園の信用も、黒峰の仕事も、まとめて飛ぶ」
ミオが小さく息を吸った。
「先輩」
「何だ」
「この線、去年の事故だけじゃないです。一昨年の小さい崩落も、近い場所にあります」
「分かるのか」
「順番が似てるので」
その一言で、玲司の中の像がさらに固まる。
順番。
いつもそこだ。
どこが壊れたかより、どう壊れていくか。
玲司は図面の上へ指を滑らせた。
事故点から事故点へ。
小さな歪みが、ひとつの大きな落ち方へ寄っていく。
頭の奥で、《痕跡鑑定》が細く軋んだ。
見える。
まだ起きていない崩れ方が、線になって。
実習区画が一つ落ちるんじゃない。
地下搬送路が連鎖する。
非常導管が巻き込まれる。
封鎖区画がずれ、学園都市の一角ごと沈む。
「……学園都市級だ」
玲司が呟くと、空気が凍る。
ユラが、珍しくすぐに言葉を返せなかった。
カナデも目を細めたまま止まる。
レナは舌打ちも忘れて図面を見ている。
ミオだけが、静かに問うた。
「いつですか」
玲司は首を横に振る。
「まだ切れない。でも、近づいてる」
「近づいてる根拠は?」
カナデが聞く。
「倉庫の動きが速くなってる」
玲司は原紙を叩く。
「補助金具の回転。封鎖処理の短さ。ログの書き換え頻度。全部、前より詰まってる」
ユラがやっと息を吐いた。
「じゃあもう、学校の小さい事故を潰すだけじゃ足りないってことか」
「足りない」
玲司は即答する。
「ここからは線で見る。区画じゃなく、導線で追う」
レナが腕を組み直した。
「で、どうする」
「まずは全体図を増やす」
玲司は答える。
「事故点、補修点、搬入出、封鎖。全部を重ねる。学園の中だけで完結してるならまだ止められる。外まで伸びてるなら、やり方を変える」
カナデが静かにうなずく。
「もうただの校内調査じゃないわね」
「ええ」
ミオも小さく続ける。
「図書室側も、過去分をもっと拾います。新聞だけじゃなくて、廃棄前の校内報も」
ユラはようやくいつもの軽さを少しだけ戻した。
ただし、目は真面目なままだ。
「はいはい、了解。じゃあわたしは外向きの噂も見る。こういうのって、現場より先に“変な補修してる”って近隣で漏れてたりするし」
「頼む」
玲司が言った、その時だった。
ミオの端末が短く震えた。
小さい通知音。
この場では、やけに大きく聞こえる。
ミオが画面を見る。
表情はほとんど変わらない。
でも、その沈黙だけで十分だった。
「……先輩」
「何だ」
「知らない差出人からです」
空き教室の空気が、もう一段だけ冷えた。




