第38話 夜の証拠回収
静かすぎる夜は、だいたい誰かが先に掃いている。
学園の外周フェンス沿い。
玲司は影に身を寄せたまま、倉庫棟の灯りを見ていた。
巡回は遠い。
警備灯は二つ切れている。
風はあるのに、砂利だけが妙に乱れていない。
自然な手抜きじゃない。
通る人間が限られている静けさだった。
「位置、取れてる」
イヤホン越しにユラの声。
「西側通路、今は空。見張りっぽいのもまだなし」
「管理端末、入れたわ」
カナデが続く。
「封鎖ログ、三分だけ薄くする。長くは無理よ」
「外、静かです」
ミオの声は一番小さい。
でも必要な場所にだけ落ちる。
「裏の窓、閉まってます。でも、錠前の擦れが新しいです」
レナだけは少し離れた校舎影だ。
出番がない方がいい。
出た時点で、静かな回収じゃ終わらない。
「入る」
玲司は短く言って、倉庫脇へ滑り込んだ。
第七倉庫の扉は古い。
だが古い鍵穴のわりに、取っ手だけが新しく磨かれている。
最近、急いで何度も開閉した癖だ。
鍵は使わない。
玲司は取っ手の擦れを指でなぞった。
右へ押して、少し持ち上げる。
小さく、内部の金具が鳴った。
「……掛かってない」
「甘いんじゃないわ」
カナデが言う。
「急いでるのよ。触る側が」
玲司は隙間から中へ入る。
倉庫は暗い。
だが、奥の棚だけ空気が違った。
手前は授業用の予備資材。
見せてもいい古い防具。
ラベルまで揃いすぎている。
問題は奥だ。
「右から三列目」
ミオの声が落ちる。
「床鳴り、そこだけ浅いです」
玲司がしゃがみ込む。
棚の前の床はわずかに沈んでいた。
箱を置いていた重み。
しかも最近まで。
「あるな」
棚板の奥へ指をかける。
見た目は木だが、裏の支えだけ新しい。
引くと、薄い板が外れた。
狭い空間。
中には箱が三つと、平たいファイルが一冊。
「当たり」
玲司は箱を開けた。
実習補助金具。
予備支柱。
簡易固定具。
そして見覚えのある形の補助バー。
第18話で落ちたものと同系統だ。
しかも正規品に混ぜるための削りが、最初から入っている。
「……事故用だな」
「言い方」
ユラが小さく言う。
「でも、たぶん合ってる」
玲司はファイルを開いた。
搬入出記録。
封鎖処理申請。
受領欄。
補助教員名義。
施設管理印。
その中に、黒峰関連の外注コードが混ざっている。
「撮る」
角度を変えて、必要な箇所だけを素早く押さえる。
持ち出しすぎれば足がつく。
だが撮影だけでは弱い。
「紙、一枚抜ける?」
カナデの声。
「受領欄付きの原紙なら欲しい」
玲司はページをめくる。
綴じが甘い一枚がある。
控えじゃない。
原本側の圧痕が残っている紙だ。
「いける」
「なら最下段だけ」
玲司は慎重に抜き、透明パックへ滑らせた。
ミオがさらに言う。
「左の箱の下、まだあります」
底板を持ち上げる。
薄い記録端末が出た。
電源は落ちている。
だが、側面に簡易保存用の差込口があった。
「カナデ」
「映して」
玲司は端末を小型ケーブルへ繋ぐ。
カナデが向こうで息を止めた気配がした。
「……来た。古い保存領域が残ってる」
「切れるか」
「全部は無理。でも差分なら取れる」
玲司は周囲を見た。
外はまだ静かだ。
静かすぎる。
「急げ」
「分かってる」
数秒。
端末越しの打鍵音だけが、やけに遠い。
「取れた」
カナデの声が低くなる。
「改ざん前ログがある」
その一言で、空気が変わった。
これでただの不審物じゃない。
一次証拠に届く。
ユラも軽さを捨てる。
「玲司、十分でしょ。そろそろ出よ」
「もう一つだけ」
玲司は端末の裏に貼られた管理ラベルを見る。
第十四実習区画。
第八区画封鎖。
旧搬送路再配置。
事故で見た名前が、別々の紙で同じように並んでいた。
偶然にしては重なりすぎている。
その時、ミオが小さく言った。
「先輩」
「何だ」
「静かすぎます」
玲司は手を止めた。
「……分かってる」
本来なら、そろそろ巡回か、端末側の違和感に誰かが触ってもいい。
なのに何も来ない。
ユラも声を落とす。
「見張りも動かない。これ、逆に気持ち悪い」
「出るわよ」
カナデが言う。
「ログは持った。これ以上は欲張らない」
玲司は端末を戻し、外した板も元へ戻した。
痕は薄くする。
だが完全には消せない。
「撤収」
扉を閉める。
砂利を踏む音も短く切る。
四人の気配が夜へ溶けていく。
校舎影まで戻ったところで、レナが腕を組んだまま言った。
「早かったな」
「取れた」
玲司が答えると、レナは玲司の顔を一瞬だけ見た。
「でも、そういう顔じゃねえ」
玲司は倉庫の暗がりを振り返らない。
取れた。
一次証拠も、改ざん前ログも持った。
それなのに、勝った感じがしない。
「……向こう、気づいてたかも」
ユラが小さく言う。
「気づいてて、泳がせた?」
「その可能性がある」
カナデが返した。
ミオは静かなまま、最後に一言だけ置く。
「見つけた、じゃないです。たぶん、見せられてます」
誰もすぐには否定しなかった。
証拠回収は成功した。
そのはずなのに、今夜の静けさだけが、うまく勝ちに数えられなかった。




