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学校ではモブの俺、裏ではダンジョン救助組織の司令塔 ――《痕跡鑑定》で事故も隠蔽も見抜いてやり直す  作者: 玖城イサ


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第32話 黒峰が嗅ぎつける

 


 動画を三回止めたあと、男はようやく口を開いた。


「もう一度」


 黒峰クランの分析室は、窓がなかった。

 壁面モニターに映っているのは、匿名掲示板から拾われた低画質の切り抜き。

 崩れかけた坑道。

 負傷者を引く手。

 前に立つ高い影。

 そして、一撃の直前で切れる映像。


 再生担当の若い職員が、小さく息を吐く。


「同じですよ。解像度も圧縮もこれ以上は」


「画質じゃない」


 男は言った。


 玲司が最初の実習で警告した時、穏やかな声で切り捨てた黒峰側の担当者だった。

 今も口調は静かだ。

 だが目だけが笑っていない。


「止める位置を変えろ。負傷者を引き出す三秒前」


 職員が従う。

 画面が止まる。


 崩れた坑道。

 落石の角度。

 二人分の視線誘導。

 そして、画面端を横切る一つの不自然なブレ。


「これですね」


 別の分析担当が言う。


「映像ノイズ。圧縮由来にも見えますが、連続性が不自然です」


 男はうなずく。


「もう一つ」


 今度は負傷者が引かれる瞬間。

 救助側の動線が、普通より迷いなく短い。


「この現場、初見でここまで切れますか?」


 若い職員が首を傾げた。


「偶然では」


「偶然なら、一つだ」


 男は画面の数か所を示す。


「負傷者への到達が早い。崩落の外し方が早い。待ち伏せ側の位置を切るように動いている。しかも前衛の一撃は短く、残留痕が薄い」


 分析担当が表情を少し引き締める。


「顕現式持ち、ですか」


「それだけじゃない」


 男は低く言った。


「前に立つやつが強いのは映像で分かる。問題は、その前に全体を読んでいるやつがいることだ」


 モニターには、負傷者を引き出す前のわずかな間が止まっている。

 誰が指示したかは見えない。

 顔も分からない。

 だが、現場が先に整っている。


 事故の形を先に読んだかのような動き。


 男はしばらく画面を見てから、静かに笑った。


「面白い」


 若い職員が問う。


「裏クランの可能性は」


「ある。だが、ただの寄せ集めなら動線が綺麗すぎる」


「プロ?」


「救助慣れしている。しかも、記録の消し方じゃなく、記録の残し方を知っている側だ」


 それは黒峰にとって一番面倒な相手だった。

 暴れる馬鹿なら潰せる。

 正義感だけの学生なら、世論で折れる。

 だが、救助と証拠保全を一緒にやるやつは違う。


 勝ち筋そのものを知っている。


 分析担当が次の画面を出す。

 投稿拡散の経路。

 最初に火をつけたアカウント群。

 その一部に、蒼栄学院の周辺回線が薄く混ざっている。


「学校関係者、でしょうか」


 男は即答しない。


 ただ、映像の止まった一コマをもう一度見る。

 黒い影。

 高い前衛。

 その手前で、画面に映らない何かが流れを決めている。


「蒼栄学院を洗え」


 部屋の空気が少しだけ変わった。


「生徒、教員、外部出入り。実習記録の癖も拾え。動画そのものより、先に現場へいたやつを探す」


 若い職員が頷く。


「候補条件は」


 男は短く言った。


「事故現場の痕跡を先に読む。顕現署名を極力残さない。救助を優先しながら、証拠も落とさない」


 それは、ただの有能さじゃない。

 黒峰のやり方を壊してくる側の条件だった。


 モニターの片隅で、再生停止中の負傷者の腕が白く映る。

 その向こうにある手は、最後まで顔を見せない。


 男は画面を消した。


「名前はいらない。まずは癖を掴め」


 黒峰が動き出す時は、いつも静かだ。


 記者会見もない。

 派手な宣言もない。

 ただ、候補を絞り、観測し、逃げ道を潰していく。


 一方その頃、学校からの帰り道で、玲司はガラス越しの自分の影を見ていた。


 目立たない。

 覚えられない。

 空気みたいな顔。


 そのはずなのに、もう向こうは探し始めている。


 正体はまだ割れていない。

 だが条件は揃い始めた。


 誰が救ったのか。

 誰が先に現場を読んだのか。


 噂の次に来るのは、推測じゃない。

 選別だった。

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