第27話 消しに来た敵
横穴の奥にいたのは、若い男だった。
二十代前半くらい。
安いヘルメット。
防塵マスクは首までずれ落ち、右脚が岩と梁の間に挟まっている。
敵の装備にしては軽い。現場を回す側じゃない。使われる側だ。
玲司は一目で判断した。
「作業員だ。武装なし」
男は目だけを動かした。
逃げる力も残っていないらしい。
「す、捨てるな……」
声はかすれていた。
ユラが息を呑む。
「置いてかれてるじゃん……」
外から声が飛ぶ。
「中にいるなら出てこい! 閉鎖区画だ!」
管理の注意にしては、声が硬すぎた。
しかも立ち位置がいい。入口の左右に散って、逃げ道を切る配置だ。
玲司は男の脚元を見た。
岩の噛み方。
梁の角度。
まだ抜ける。だが順番を間違えればここで落ちる。
「朝比奈、外の視線を散らせ。冬月、照明系を触れるなら落とせ。五秒でいい」
「了解」
「やるわ」
玲司は男へ膝をついた。
「名前は」
「……知らねえ、別に……」
まともな返事が返らない。
酸欠と痛みで意識が揺れている。
「いい。喋るな」
玲司は脚を押さえる岩を見た。
支えは一つ。左から持ち上げると、上が連鎖する。
先に梁の荷重を逃がす必要がある。
「俺が見る。お前らは動け」
ユラの小型カメラが、通路の手前へ二つ転がった。
次の瞬間、強い白色光が交互に点滅する。
人の顔を撮るためじゃない。視線と照準をずらすための即席の撹乱だった。
「こっち見てる。今、三秒!」
同時に枝坑の照明が落ちる。
管理棟側からカナデが回線を触ったのだろう。暗闇が一気に深くなる。
外の男たちが短く舌打ちした。
「切ったぞ、急げ!」
玲司は梁の下へ手を入れた。
重い。だが、持ち上げる必要はない。少しだけ浮かせば十分だ。
「痛むぞ」
男がうめく。
「……っ、ああ」
「朝比奈、脚を引くな。靴だけ抜け」
「分かってる」
ユラがしゃがみ込み、靴紐を切る。
脚そのものを引けば折れる。靴だけを外して隙間を作る。
外で金属音がした。
安全装置を外す音だ。
玲司は低く言う。
「来る」
「玲司」
ユラの声がさらに低くなる。
「やばいやつ?」
「坑道を潰す方だ」
次の瞬間、入口側で鈍い衝撃が鳴った。
爆薬ほど大きくない。だが支えをずらすには十分だった。
土が鳴る。
壁が軋む。
「引け」
玲司の声に合わせ、ユラが靴を外す。
男の脚が抜ける。同時に玲司が体ごと支えを押し返した。
ぎりぎりで保つ。
「立てるか」
「む、り……」
「じゃあ担ぐ」
玲司が言い切るより早く、男は咳き込みながら絞り出した。
「上のやつら……見られたら、落とせって……」
「誰に言われた」
「知らねえ……クランの名前とか、言うなって……」
そこまでで息が切れる。
十分だった。
こいつは敵の中心じゃない。
切られる側だ。
玲司は男の腕を肩へ回した。
「救助優先。証拠は持ってる。ここから出る」
「前、二」
カナデの短い報告が入る。
「入口に二。横抜けの先に一」
挟まれている。
玲司は通路の亀裂を読む。
右壁は落ちる。左はまだ保つ。奥の横抜けは細いが、生身一人を通すには足りる。
ただし、負傷者を抱えたままでは遅い。
「朝比奈、先に通って向こうの幅を見ろ」
「はいはい、了解」
ユラが横抜けへ滑る。
戻ってきた声は早かった。
「人ひとり半。玲司が抜けるならギリ。担いだままだときつい」
「なら引く」
玲司は即断した。
「俺が押す。朝比奈、お前が向こうから引け」
「マジで細いって」
「やるしかない」
カナデの声が入る。
「入口側、もう来る」
その直後、横抜けの向こうで人影が立ち上がった。
前にもいた。
待ち伏せだ。
ユラが短く息を呑む。
「嘘でしょ」
後ろに追手。
前に待ち伏せ。
負傷者あり。
天井はもう持たない。
普通に抜ければ潰れる。
戻れば捕まる。
玲司が次の指示を切ろうとした瞬間、前方で何か重いものが正面から弾け飛んだ。
待ち伏せの男が壁へ叩きつけられる。
資材が転がる。
通路が一瞬だけ開く。
土煙の向こうに、背の高い影がひとつ立っていた。
低く、迷いのない声が響く。
「前、開けた。三秒で通れ」
ここにいるはずのない声だった。




