第24話 最初の学園外任務
最初に見えたのは、魔力反応じゃなく、人の都合だった。
学園から電車で三駅。
さらに徒歩十分。
外縁ダンジョン第七管理区画は、低危険度の採集エリアとして一般開放されている区域だった。
平日の夕方だけあって人は少ない。
探索帰りの二人組が一組。管理小屋の前に軽トラックが一台。入口ゲートの警告灯は緑。表向きには、何も問題のない低層区画だ。
玲司は十分前に着いていた。
一般利用者のふりで受付を通り、簡易端末だけ借りる。学校指定の装備は持っていない。持てば逆に痕になる。
管理区画の地図を見た瞬間、玲司は小さく眉を寄せた。
閉鎖中の枝坑が一つ増えている。
理由は「魔力流の乱れ」。雑な説明だ。こういう曖昧な閉鎖理由は、現場側が詳細を書きたくない時に増える。
玲司は通路へ入った。
低層特有の浅い湿気。壁面の結晶層。足元に残る細い砂。
危険度そのものは高くない。だが、だからこそ異物は浮く。
二十メートル進んだところで、玲司はしゃがんだ。
壁の削れ方が違う。
公認採集の工具は、表面を均すように削る。
だがここにあるのは、急いで深く抉った痕だ。採れるものだけ取って、表面だけを荒く戻したような削れ方をしている。しかも新しい。
《痕跡鑑定》が静かに輪郭を結ぶ。
最近のもの。
同じ手つきが複数回。
一般利用者の雑な採取ではない。
玲司は端末で壁の一角を撮る。
次に床を見る。靴跡はばらけているが、入口側だけ不自然に砂が均されていた。踏み荒らした痕を、後から軽くならした跡だ。
十分後、ユラが入ってきた。
遠くから見ただけなら、別の一般利用者にしか見えない。
合流はしない。ただ、玲司の視界に入る位置で歩幅を落とす。
玲司は通路脇へ一度だけ視線を切る。
それだけで十分だった。
ユラは小さく顎を引き、先へ進んで別角度から周囲を見始める。
さらに数分後、カナデも入る。
彼女は管理端末の死角を確認するように歩き、閉鎖表示の貼り紙を一瞥したあと、玲司たちとは別ルートで枝坑へ寄っていく。
学校の外でも、他人のふり。
その徹底が、逆に頼もしかった。
玲司は閉鎖中とされた枝坑の前で足を止める。
ロープは張られているが、結び目が新しくない。何度か解いて戻したように繊維が毛羽立っている。
立入禁止の札も、泥が一部だけ拭われていた。人の手が何度も触れている。
右耳のイヤホンが一度だけ震えた。
ユラからの短い通知だ。
視線あり。
管理側、こっち見てる。
玲司はそのまま立入禁止札を見ているふりをした。
数秒後、管理小屋の方向から作業服姿の男が歩いてくるのが見える。
足取りは自然だ。だが、自然すぎた。巡回なら視線はもっと散る。こっちは、先に玲司を見つけてから近づいている。
「そっちは閉鎖中ですよ」
男が言う。
愛想はある。だが声の置き方が硬い。
「知ってます」
玲司は振り返る。
「表示見てただけです」
「危ないんでね。最近ちょっと地盤が不安定で」
玲司は男の靴を見る。
管理用にしては底が削れすぎている。右の裾にも薄く鉱粉が付いていた。しかもこの区画の結晶色とは少し違う。
「そうなんですね」
玲司はそれ以上言わない。
男も笑って引く。だが、すれ違う瞬間だけ玲司の借用端末へ視線を落とした。
利用者の確認じゃない。
何を見たかの確認だ。
男が去ってから、カナデの通知が入る。
閉鎖理由、管理ログと合わない。
昨日更新分あり。
昨日。
その速さに、玲司の中で学園の事故現場が重なった。
ユラから二つ目の通知。
軽トラ、荷台シートが新しい。
帰りじゃなくて待機っぽい。
玲司は枝坑の入口へ視線を戻した。
壁の削れ、均された足元、解いて戻したロープ、曖昧な閉鎖理由、管理側の過剰な視線。
ひとつなら偶然で片づく。
だが、痕は重なるほど意味を持つ。
玲司はしゃがみ込み、ロープの下の床を指先でなぞった。
砂の下から、削岩具の先端でこすったような細い金属痕が現れる。一般採集の道具では付きにくい、硬く深い線だ。
その瞬間、輪郭が繋がった。
学生のいたずらじゃない。
偶然の無断侵入でもない。
ここでは誰かが、閉鎖を隠れ蓑にして、許可されていない掘り方をしている。
玲司は立ち上がり、枝坑の暗がりを見た。
低危険度区画の、目立たない端。
だから選ばれたのだろう。
小さく、しかし確信を持って呟く。
「……違法採掘か」
イヤホンの向こうで、二人が息を呑む気配がした。
TRACE最初の学園外任務で、玲司たちはとうとう“学園の外にある本物の痕”へ辿り着いた。




