第25話 違法採掘の穴
「……違法採掘か」
玲司が呟くと、イヤホンの向こうでユラが息を止めた。
「マジで? 学生の肝試しとかじゃなくて?」
「違う」
玲司は枝坑の入口を見たまま答える。
「削れ方が慣れてる。欲張って掘った跡じゃない。必要な場所だけ薄く削って、表面だけ荒らして誤魔化してる」
カナデの声がすぐ入る。
「閉鎖理由は“地盤不安定”。でも補修申請も、資材搬入の記録もないわ。危険だから閉じたんじゃなく、閉じたことにしたい場所を隠してる形ね」
玲司はロープの脇へしゃがみ込んだ。
足元の砂は一度均されている。だが、均し切れていない。
靴跡は三種類。管理用の硬い靴底、軽い搬送靴、それから、もっと安い作業靴。
深さも違う。掘る側、運ぶ側、見張る側。役割が分かれている。
一般採集の無断侵入なら、こんなふうには揃わない。
指先で砂を払う。
下から細い金属痕が現れた。削岩具の先端が横へ滑った跡だ。
学院の実習道具では付きにくい、硬くて深い線だった。
「複数人で回してる。しかも素人じゃない」
「何人くらい?」
ユラが聞く。
「最低三。たぶん四」
玲司は壁へ視線を移す。
坑道の削れは奥へ行くほど細くなる。
広く浅くじゃない。狙いを決めて、静かに、高純度層へ届かせる掘り方だ。
しかも途中の支えが一本だけ不自然に新しい。補強のための入れ替えじゃない。最後にそこを外せば、この枝坑だけをきれいに落とせる置き方だった。
「……最悪だな」
「そこまで?」
ユラの声から軽さが消える。
「盗るだけじゃない。見つかった時に、坑道ごと潰して痕を消せるようにしてる」
カナデが数秒黙った。
「証拠も、人も、まとめて?」
「そういう前提で掘ってる」
低危険度区画。
一般利用者も入る。
だからこそ、崩落は“事故”で片づけやすい。
玲司は立ち上がり、枝坑の暗がりを見た。
壁の一部に、小さな触覚印が残っていた。
暗所でも手で位置を確かめられる刻みだ。現場慣れした人間が、自分たちだけに分かる導線を残している。
偶然ではない。
場当たりでもない。
ここには、後始末まで考えて動く相手がいる。
「今日は深追いしない」
玲司は短く決めた。
「位置、搬出、掘削痕だけ押さえる。夜に戻る」
「夜って、向こうの手が薄い時間狙い?」
「それもある。あと、昼に長く見てる方が危ない」
カナデが言う。
「管理ログ、あなたが見たあとでまた触られる可能性が高いわね」
「たぶんもう触ってる」
玲司は管理小屋の方へ視線を流す。
さっきの男はもう見えない。
だが、窓ガラスの端で一瞬だけ、小さな反射が光った。
スマホより小さい。固定されたレンズが光を拾った時の反射に近い。
「カナデ、ここ、現場カメラ系の記録洗えるか」
「正規の分なら。非正規は無理よ」
「十分だ」
ユラが小さく笑う。
「やっぱ見られてる?」
「見られてる」
玲司は即答した。
「管理側か、別口かはまだ切れない。でもここ、掘られてるだけじゃない。観測もされてる」
その言い方に、ユラが少しだけ黙る。
軽トラ。
閉鎖理由の再更新。
均された足跡。
崩せる支え。
そして、外から見ている目。
点が増えるほど、現場は“ただの違法採掘”から離れていく。
「朝比奈は外の搬出路。冬月は管理棟側のログ。俺は中の痕を読む」
「了解。顔は出さない、位置も切る」
「閉鎖理由の更新履歴も持つわ。消される前に」
玲司はロープから半歩だけ離れた。
その時、枝坑の奥で小さく土が落ちた。
偶然みたいな音だった。
だが、玲司には分かる。
向こうも、こちらの気配に気づいている。
見つけた、ではない。
測られた。
「一回散る」
玲司は何でもない見学者の顔に戻して言う。
「夜までに向こうが動くなら、証拠は減る。急ぐ」
ユラが明るさを戻した声で返す。
「はいはい、司令塔さま。じゃ、一般見学者っぽく帰りまーす」
カナデはいつも通り平坦だった。
「玲司。帰る前に一つ」
「何だ」
「こういう相手、たぶん“見つかったから逃げる”じゃないわ。見つかったから消しに来る」
玲司は枝坑の暗がりを見たまま答える。
「分かってる」
違法採掘の穴は見つけた。
だが、掘られているのは素材だけじゃない。
この現場そのものが、すでに誰かの勝ち筋の中に組み込まれている。
夜までに、先に触れた方が負けるかもしれなかった。




