第20話 学校では他人のふり
次の日の教室は、何も変わっていないように見えた。
誰かが朝の小テストを嫌がっている。
誰かが机を寄せて課題を見せ合っている。
窓際ではユラがいつも通り、笑いの中心にいた。
その少し離れた列で、カナデは配布物を整理している。
表情も所作も、昨日までと何一つ変わらない。
変わったのは、玲司の見方だけだった。
同じ教室にいる。
同じ事故を知っている。
同じものを見た。
それでも、ここでは全部を切る。
「水城、そこプリント回せ」
前の席から紙が来る。
玲司は無言で受け取り、後ろへ回した。
窓際でユラが笑う。
別の列でカナデが何かを注意する。
どちらも自分とは関係のない景色に見える。
見えるようにしなければならない。
「水城くん」
昼前、廊下で呼び止めたのはカナデだった。
風紀委員として、という顔をしている。
周囲に数人いる。
だからこそ、声も表情も公的だった。
「図書室への資料持ち出し申請、記入漏れがあるわ」
玲司は眉をひそめる。
「後で出す」
「今出して。規則は規則よ」
冷たい。
きっちりしている。
周囲から見れば、いつもの冬月カナデだ。
通りすがりの男子が小さく笑う。
「また水城怒られてる」
「風紀委員に目つけられてんなー」
その程度の認識で十分だった。
玲司は紙を受け取る。
指先が触れないような距離で。
「分かった」
「最初からそう言えばいいのよ」
カナデはそれだけ言って去っていく。
完璧だった。
昼休み、今度はユラが別の角度から来た。
いや、来たように見えて、来ていない。
廊下の向こう側を友人たちと歩きながら、玲司の前をただ横切っただけだ。
「ねえ、購買あと一分で閉まるって」
「うそ、走ろ」
「走るとまた先生に言われるって」
笑い声が遠ざかる。
その中に、玲司へ向けられたものは一つもない。
昨日までなら、どこかで視線が刺さった。
今日はそれすらない。
やればできるんだな、と玲司は思った。
少しだけ安心し、同時に少しだけ寒くなる。
放課後。
三人は旧校舎へ集まらなかった。
時間をずらし、場所もずらした。
最初に玲司が図書準備室脇を通る。
十分後にカナデが資料返却を装って来る。
さらにそのあとで、ユラが撮影用の小物を忘れたふりで寄る。
面倒だが、その面倒さが必要だった。
「ここまでやる?」
ユラが小声で言う。
「やる」
「分かってたけど」
カナデは端末を開きながらうなずいた。
「妥当よ。今日だけでも噂は十分薄かった」
「成果報告それなんだ」
「大事でしょう。繋がりが見えないことは」
玲司は壁際に立ったまま言う。
「改めて決める。学校では、必要がある時以外は話さない。視線を合わせない。同じ場所に長くいない。同じタイミングで消えない」
「連絡は?」
ユラが聞く。
「緊急時だけ。普段は使わない方がいい」
「徹底してるなあ」
「それくらいでちょうどいいわ」
カナデが言う。
「学園は閉じているようで、人の目が多すぎるもの。記録より先に印象が残る」
ユラが少し笑った。
「学校っていうより、演技の舞台って感じ?」
その言葉に、玲司は一瞬だけ目を上げる。
「……近いな」
「でしょ」
「喜ぶところじゃない」
「でも分かりやすいじゃん。学校では役をやる。外でだけ本音、みたいな」
玲司は否定しなかった。
実際、それに近い。
表では無関係。
裏では情報を繋ぐ。
その温度差ごと管理する。
カナデが話を戻す。
「役割も整理しておきましょう。水城くんが現場判断。私が記録と整合性。朝比奈さんが人の流れと映像」
「なんかそれっぽくなってきたね」
「まだ仮だ」
玲司は短く切った。
「名前もいらない。まずは続けられるかだ」
「はいはい、慎重派」
ユラは笑ったあと、ふっと表情を戻した。
「でもさ。今日みたいに学校で完全に切るなら、逆に外で動く方が楽じゃない?」
玲司は答える前に、カナデが一枚のコピーを差し出した。
「その話なら、ちょうどあるわ」
それは機材搬出の簡易申請書だった。
学校印の横に、外部倉庫の受領印がある。
玲司の目が止まる。
「これ……」
「昨日の破損機材と同じ型番の搬送部品。学園内の保管室じゃなく、外部の低危険度ダンジョン脇の仮倉庫を経由している」
「学校の中だけじゃ完結してないってこと?」
ユラが言う。
カナデはうなずく。
「ええ。しかも、この経路、実習用にしては遠回りすぎる」
玲司は紙を受け取り、印字された倉庫番号を見た。
見覚えがあった。
前の時間軸で、違法採掘に使われた資材の流れと、近い臭いがする。
「……次は校内じゃないな」
小さく言うと、二人がこちらを見る。
玲司は紙をたたんだ。
「学園の外に、同じ手が伸びてる」
軽い風が、薄い紙の端を揺らした。
事故を防いだ。
関係も隠した。
それでも、相手の線は学校の中だけで終わっていない。
なら次は、追うしかない。
玲司は二人を見た。
「準備しろ。次は学園外を見る」
その瞬間、仮だった三人の線が、少しだけ前へ伸びた。




