第19話 証拠を持ち去る教師
教師の手つきは、慣れすぎていた。
落ちた補助バーを持ち上げる。
根元を確認する。
そのまま実習補助教員へ渡す。
生徒から見れば、壊れた機材を片づけているだけだ。
だが玲司の目には、順番がおかしかった。
破損箇所。
留め具。
削れたネジ山。
見られたくない場所だけを先に隠している。
「今日はここまでにする。全員、後ろへ下がれ」
担当教師が声を飛ばす。
ざわめきが広がる中で、補助教員は補助バーだけを抱え、区画脇の保管室へ消えようとした。
玲司は列の流れに乗るふりをして、その背を見た。
急いでいる。
だが走らない。
目立たない速度で、最短を選んでいる。
「玲司」
ごく小さい声。
振り向くと、カナデが少し離れた位置からこっちを見ていた。
「見た?」
口はほとんど動いていない。
それでも意味は通る。
玲司はほんのわずかにうなずいた。
ユラは友人たちに囲まれたまま、「危なかったねー」と明るく返している。
その手は、スマホを下げたままだった。
撮っている。
全部じゃなくていい。
あの教師が、何を優先したかだけ残れば十分だ。
実習は中断になり、区画の外へ人が流れる。
玲司は一度だけ保管室の扉を見た。
中に持ち込まれた時点で、物はもう薄くなる。
だが消える前に、残る痕もある。
放課後、旧校舎裏の階段脇。
人の来ない場所に、三人は時間をずらして集まった。
最初に口を開いたのはユラだった。
「はい、まず報告ー」
明るい声。
だが、周囲を見てから小さく落とす。
「バー持ってったとこ、後ろ姿だけ押さえた。顔は横から少し。あと、落ちた直後に先生じゃなくて補助の方が先にしゃがんだのも映ってる」
「十分だ」
玲司が言うと、ユラは肩をすくめる。
「珍しく素直」
「今は助かる方が先だ」
カナデが端末を見せた。
「こっちもある。機材申請番号、元の帳簿と授業直前の配置表で違ってた。しかも、事故のあと十分もしないうちに修正版が反映されてる」
「早すぎるな」
「ええ。普通は点検報告が先。なのに、配置情報の方が先に整っている」
つまり、現場の出来事に合わせて後から整えたんじゃない。
整える準備が前からある。
ユラが眉を寄せた。
「それってもう、隠す前提じゃん」
「その可能性が高い」
カナデは端末を閉じた。
「落下は小さかった。怪我人も出ていない。だから周囲は“運が良かった設備不良”で終わらせる。でも、本当に欲しかった証拠はその中にあった」
「削られたネジ山か」
「あるいは留め具そのもの」
玲司は壁にもたれず立ったまま、短く息を吐く。
「防いでも、痕を消しに来る」
「学校の中で?」
ユラが聞く。
「学園の中に、少なくとも処理役はいる」
「教師側にも隠したい何かがある、ってことね」
カナデの言葉は冷静だった。
感情で断じていないぶん、重い。
玲司は昼の区画を思い返す。
機材の弄り方。
配置のずれ。
回収の速さ。
事故を起こす側と、事故のあとを整える側。
両方がいる。
「もう一つ」
玲司が言うと、二人が見る。
「今日で分かった。今のやり方だと、現場だけ見てても足りない」
「記録も必要」
カナデが言う。
「人の流れも必要」
ユラが続ける。
玲司はうなずいた。
「だから条件を増やす」
「また重そう」
「重い」
玲司は二人を順に見た。
「今日みたいに、同じ区画にいるだけでも不自然さは残る。次からは、学校の中で関係を見せるな」
ユラが目をぱちりとさせる。
「え、今まで以上に?」
「今までは各自が勝手に近づいただけだろ」
「言い方」
「でも正しいわね」
カナデはあっさり受けた。
「学校は記録より先に、噂で広がる場所だもの。目線と立ち位置だけで繋がりは浮く」
ユラが少しだけ口を尖らせる。
「めんどくさ」
「面倒でもやる」
玲司は切るように言った。
「学校では他人のふりだ。必要以上に話すな。視線も減らせ。同じ場所から消えるな」
その言葉を口にした瞬間、頭の中で形になる。
学校は安全地帯じゃない。
監視される場所というより、演じる場所だ。
関係があると見せないことそのものが、防諜になる。
ユラが小さく笑う。
「ほんと、徹底派だね」
「徹底しないと死ぬ」
軽く返すつもりはなかった。
その一言だけ、少し空気が落ちる。
ユラは余計なことを言わなかった。
カナデも同じだ。
代わりにカナデが静かに言う。
「なら、その前提で動き方を作り直しましょう」
「明日、具体的に決める」
玲司がそう言うと、ユラは肩を回した。
「了解。じゃあ明日から、学校では完全に赤の他人ね」
その言い方は軽い。
だが、引いてはいなかった。
玲司は二人から視線を外す。
学校では他人のふり。
それが今日からのルールになる。
そしてそのルールが必要になるくらいには、もう戻れないところまで来ていた。




