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学校ではモブの俺、裏ではダンジョン救助組織の司令塔 ――《痕跡鑑定》で事故も隠蔽も見抜いてやり直す  作者: 玖城イサ


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第16話 敵か味方か分からない

 


「取引?」


 玲司が返すと、カナデは小さくうなずいた。


「そう。脅しでも告発でもなく、交換よ」


 渡り廊下の向こうでは、運動部の掛け声が遠く響いている。

 その音があるせいで、逆にここだけ切り取られたみたいに静かだった。


「何を交換する」


「情報」


「曖昧だな」


「あなたもでしょ」


 即答だった。


 玲司は黙る。


 カナデはファイルから紙を一枚だけ抜いた。

 資料室の複写申請控え。そこに書かれた整理番号の並びには、一つだけ抜けがある。


「これ、昨日の時点で気づいたわ」


 玲司の目がわずかに細くなる。


「通し番号が飛んでる。つまり紙側も差し替えられてる」


 カナデの声は低く、平坦だ。


「あなたもそれを見たから、今日また端末室へ行った。違う?」


 玲司は否定しなかった。


 それを見て、カナデはほんのわずかに息を吐く。

 正解の確認が取れた時の、それだけの反応。


「私は事故の原因そのものまでは読めない。でも、記録の歪みと手続きの不自然さは追える」


 玲司は短く返す。


「で、俺には何を出せって?」


「全部じゃなくていい」


 カナデは紙を戻した。


「あなたが“偶然ではない”と思っているなら、その判断材料の一部だけ。それで十分」


「信用しろって?」


「しなくていい」


 その答えは、少し意外だった。


「私はあなたをまだ信用していないし、あなたも同じでしょ」


「まあな」


「なら、最初から味方の顔をする必要はないわ」


 理屈だった。

 でも通る理屈だった。


 カナデは壁際の窓へ一瞬だけ視線を流す。


「正直に言うと、学校の中に全部を上げる気はないの」


 玲司はそこで初めて、少しだけ表情を動かした。


「風紀委員なのに?」


「風紀委員だからよ」


 カナデは玲司へ視線を戻す。


「表に出せば終わる種類の異常と、表に出した瞬間に握り潰される異常がある。最近の件は後者寄りだと思ってる」


 その考え方は、玲司のものに近かった。


「あなたが見てるものが同じなら、利害は一致する」


「一致しなかったら?」


「その時はそこで切るだけ」


 迷いがない。

 だから怖いし、だから話が早い。


 玲司は数秒、何も言わなかった。


 相手は厄介だ。

 観察力がある。記録に強い。学校の中で動ける立場もある。

 敵に回すには近すぎる。


 同時に、まだ味方とも言えない。


 朝比奈ユラの時と同じだ。

 ただし入り口が違う。

 あっちは映像。こっちは構造。


「一つだけ聞く」


 玲司が言う。


「何?」


「お前は何のためにそこまで見る」


 カナデは少しだけ間を置いた。


「再発防止」


 答えは短い。


「同じ処理が何度も通るの、嫌いなの」


 感情を抑えた言い方だった。

 だが、その一言には芯があった。


「怪我が軽いから流す。死人が出てないから流す。記録だけ直して終わりにする。そういうのを放置すると、次はもっと大きいのが来る」


 玲司は視線を落とす。

 前の時間軸で見たものと、ほとんど同じ理屈だった。


「……分かってるじゃない」


 カナデが小さく言う。


 玲司は何も返さない。


 ここで本当のことを言う気はない。

 死に戻りも、《痕跡鑑定》も、簡単に共有していい話じゃない。


 それでも、全部隠したまま一人で進めるには、学校の中がもう近すぎた。


「一部だけなら話せる」


 そう言うと、カナデの目が少しだけ細くなった。

 喜んでいるわけじゃない。前に進んだと確認した顔だ。


「十分よ」


「ただし条件がある」


「聞くわ」


「学校では近づくな。話しかけるな。見るなとは言わないけど、見てるのを見せるな」


 カナデはほんの少しだけ口角を動かした。


「合理的ね」


「笑うな」


「笑ってないわ」


 その程度でちょうどいい。

 空気が少しだけ緩む。


 カナデはすぐに声を戻した。


「じゃあ、私の条件も一つ」


「何だ」


「あなた一人の視点だけで、全部を決めないこと」


 玲司は眉を寄せる。


「説教か」


「警告よ」


 カナデは淡々と続ける。


「あなた、見えている範囲の精度は高い。でも、その分“自分が見たものだけで足りる”って判断しがち」


 図星に近かった。

 玲司は黙る。


「記録の歪みは、現場だけでは追い切れない。逆に、現場を見た人間がいないと紙だけでは弱い。どっちか片方だけだと、また握り潰される」


 それは反論しづらかった。


 カナデはさらに言う。


「もし、あなたが既に誰かと情報を共有しているなら、その前提も早めに考えた方がいい」


 玲司の表情が、ほんのわずかに止まる。


「……何の話だよ」


「確証はないわ」


 カナデは即答した。


「でも、あなたの動き方が“完全な単独”には見えない時がある。視線の切り方とか、教室での距離の取り方とか。誰かをかばってる人の動きに近い」


 玲司は思わず息を吐いた。

 そこまで見ているのか、と呆れる気持ちが半分。納得が半分。


「風紀委員って怖いな」


「いまさら?」


 そう返してから、カナデは少しだけ真面目な声になる。


「隠すなら、人数は絞った方がいい。逆に、もう共有してる相手がいるなら、その存在を前提に組み立てた方が事故は減る」


 単独行動の限界。

 それを認めたくなくて、ここまで一人でやってきた。

 だが朝比奈ユラに見られ、冬月カナデに追いつかれた時点で、もう綺麗な一人ではいられない。


 カナデは最後に言った。


「明日の放課後。図書準備室の裏」


「勝手に決めるな」


「来る来ないは自由よ」


 そして、ほんのわずかに視線を細める。


「あなた一人で来てもいい。でも、もし本当に共有している相手がいるなら、その前提で来なさい」


 言うだけ言って、カナデは踵を返した。

 去り際まで姿勢が崩れない。


 玲司はその背中を見送ったあと、しばらく動けなかった。


 敵か味方か、まだ分からない。

 だが少なくとも、放置していい相手ではない。


 しかも次の放課後は、もう“何も知らないふり”だけでは乗り切れない。

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