表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
学校ではモブの俺、裏ではダンジョン救助組織の司令塔 ――《痕跡鑑定》で事故も隠蔽も見抜いてやり直す  作者: 玖城イサ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/17

第12話 黙っててあげる

 

「意味が分からない」


 玲司の声は低かった。


 旧校舎脇の空気は静かだ。

 遠くの運動部の声だけが薄く響く。

 その静けさの中で、ユラは妙に落ち着いていた。


「表には出さないって言ってるじゃん」


「持ってる時点で同じだ」


「同じじゃないよ」


「同じだ」


 言い切ると、ユラは少しだけむっとした顔をした。

 けれどすぐ崩す。


「玲司ってほんと極端」


「お前が甘い」


「甘いかどうか、まだ決めてない」


 その返し方に、玲司はわずかに眉を寄せた。


「なんで残す」


「保険」


「誰に対する」


「今の玲司に対する」


 玲司は意味を測りきれず、数秒だけ黙った。


 ユラは壁から背を離す。


「昨日から見てて思ったんだけどさ。玲司、誰も信じる気ないでしょ」


「……」


「たぶんそれ、理由あるんだろうけど。こっちは理由知らないまま、いきなり消せ、忘れろ、関わるなって言われてるわけ」


 正論だった。

 玲司は何も返さない。


「だからせめて、これを持っておく」


 ユラはスマホを軽く持ち上げる。


「脅すためじゃないよ。何かあった時に、“わたしの勘違いじゃなかった”って確認できるように」


「確認してどうする」


「その時考える」


「雑だな」


「玲司にだけは言われたくない」


 それはその通りだった。


 玲司は短く息を吐いた。

 ここで押し切って奪う選択肢はない。そんなことをすれば余計に悪い。


 必要なのは、最低限の線を引くことだ。


「誰にも見せるな」


「見せない」


「送るな」


「送らない」


「編集もするな」


「……分かった。しない」


「消さないのに?」


「うん。消さないけど、使わない」


 玲司は完全には信じなかった。

 だが、この場でそれ以上を取れる感じもしない。


 ユラは玲司の顔を見て、少しだけ笑った。


「すごい顔してる」


「お前のせいだ」


「ごめんって。半分くらい」


「半分だけかよ」


「全部はまだ無理」


 その言い方が、少しだけ妙だった。

 玲司はそこで初めて、ユラがただ面白がっているだけではないと改めて感じた。


 怖いのだ。

 でも退かない。

 そういう顔をしている。


「……何がしたい」


 玲司が聞くと、ユラは一瞬だけ答えを探した。


「まだ分かんない。でも、見なかったことにはしたくない」


 その言葉は、さっきまでより静かだった。


「助けられたのは本当でしょ」


 玲司は黙る。


「しかも玲司、それを大したことじゃないみたいに流そうとするし」


「大したことじゃない」


「いや、あるから」


 今度は軽くなかった。


「わたし、落ちてたかもしれないんだよ」


 その一言に、昨日の一瞬がよみがえる。

 半歩ずれただけで変わった未来。

 ひとりだけ救えた、あの感触。


 玲司は目を伏せた。


「……だから表に出すなって言ってる」


「出さないってば」


「だったら」


「だったら、黙っててあげる」


 玲司が顔を上げる。


 ユラは少しだけ笑った。

 いつもの明るさに近いが、前よりも静かだった。


「わたし、こういうの広めるタイプじゃないよ。見せ方は好きだけど、何でも流すわけじゃない」


 信じてもいいのか、まだ分からない。

 ただ、少なくとも今のユラは本気でそう言っているように見えた。


「その代わり」


 やっぱり来た、と玲司は思う。


「必要になったら、わたしにも声かけて」


 玲司はすぐに首を振った。


「ない」


「即答」


「お前を巻き込む理由がない」


「理由ならあるでしょ。映像とか、人の見え方とか、わたし得意だし」


 そこは否定できなかった。

 昨日のたった数秒から違和感を拾った時点で、少なくとも感度は高い。


 だが、それと巻き込んでいいかは別だ。


「朝比奈」


「うん」


「これは遊びじゃない」


「知ってる」


「知らないだろ」


「全部はね。でも、軽く扱わない方がいいことくらい分かる」


 玲司は言葉を切った。

 返しが早いくせに、空気を読んで止まる場所も知っている。そういうやつは厄介だ。


 ユラは少しだけ笑って、スマホをポケットへしまった。


「まあ、今すぐ使ってとか言わないよ」


「当たり前だ」


「ただ、わたしは黙る。誰にも言わない。玲司が隠したいなら、それは守る」


 そのあとで、少しだけ視線をずらした。


「でも、ひとりで全部やる顔してるのは気に入らない」


 玲司は何か言い返しかけて、やめた。

 図星だったからだ。


 沈黙が落ちる。

 渡り廊下のガラスが夕方の光を返す。


 やがてユラは、いつもの調子へ少しだけ戻った。


「じゃ、そういうことで」


「どういうことだよ」


「秘密共有一名追加、みたいな」


「勝手に増やすな」


「まだ一方的だから安心して」


 そう言って笑うと、ユラはくるりと踵を返した。

 数歩進んでから、また半身だけ振り向く。


「玲司」


「何」


「わたし、あんたが思ってるより口固いよ」


「自分で言うな」


「言うよ。宣伝大事だし」


 最後だけ少し軽い。

 それでいて、芯のところは崩していない。


 ユラが去ったあと、玲司はしばらくその場に立っていた。


 最悪の形ではなかった。

 だが、良い形でもない。

 秘密は増えていないようで、確実にひとつ増えた。


 ひとりだけ救えた、その先。

 未来を変えた証拠を、今は朝比奈ユラだけが持っている。


 玲司はスマホを取り出した。

 メモに残していた実習日程、点検担当、訓練区画の設備番号。

 その中の一つへ視線が止まる。


 昨日の小事故。

 設備不良で片づけるには、処理が早すぎた。


 ユラの件は終わっていない。

 だが、だからこそ余計に止まれない。

 本筋を追わなければ、隠したいものの正体にも届かない。


 校内端末で実習記録を開く。

 一覧を流し、更新順を追い、担当者欄を見る。

 そこで玲司の指が止まった。


 一箇所だけ、履歴が不自然に抜けている。


 点検実施の記録はある。

 事故報告の追記もある。

 なのに、その間にあるはずの更新だけが消えていた。


 欠けているのは一件だ。

 だが、その一件がなければ、誰が何を先に触ったのかが分からなくなる。


 改ざんだ。


 しかも雑じゃない。

 “最初からそうだった”ように見せる消し方だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ