第11話 関わるな
動画を持っていると聞いた瞬間、玲司の中で優先順位が決まった。
昼休みが終わる前。
人目が少なく、完全に閉じすぎていない場所。
旧校舎へ渡る渡り廊下の脇。
呼び出したのは玲司の方だった。
ユラは少し意外そうな顔で来たが、嫌そうにはしなかった。
「わ、珍し。玲司から呼ぶんだ」
「見せろ」
「いきなりだなあ」
「動画だ」
「はいはい」
ユラはスマホを出した。
ロック解除。昨日の短いファイル。
玲司は画面を受け取らず、操作だけを見る。
一本だけか。
送信履歴はないか。
そこまで確かめたいが、この場では無理だ。
「消せ」
ユラの指が止まる。
「ストレートすぎるでしょ」
「必要だから言ってる」
「理由は?」
「持ってるな」
「それじゃわたし納得しない」
玲司は息を吐いた。
怒鳴る気にはなれない。怒鳴ったところで、この相手は引かない。
「朝比奈」
「うん」
「それを残して得するのは、お前じゃない」
ユラの眉が少しだけ動く。
「どういう意味?」
「そのままの意味だ」
「説明になってない」
「説明できない」
「じゃあ信じろって?」
「そうだ」
言ってから、自分でも無茶だと思った。
何も言えないまま、危険だけ伝えて、信じろと言っている。
だが今は、正しく説明するより先に切るべき距離がある。
「……玲司さ」
ユラはスマホを下ろした。
「それ、わたしが誰かにバラすと思ってる?」
「思ってない」
「へえ」
「思ってないけど、持ってるだけで面倒になる」
「誰が?」
「俺が」
そこで玲司は一拍だけ言葉を切った。
本当は違う。
面倒になるのは自分だけじゃない。
映像が広がれば、そこから辿られる可能性が出る。近くにいたやつ。撮ったやつ。気づいたやつ。順番に。
だがそこまで言えば、余計に巻き込む。
「……それと、お前もだ」
ユラの目が少しだけ細くなった。
「やっぱそうなんだ」
「何が」
「玲司、自分が困るからだけで言ってない」
玲司は答えない。
ユラは壁へ背を預けたまま、しばらく黙っていた。
渡り廊下の向こうで、部活帰りの声が遠く流れていく。
「ねえ」
「何」
「玲司って、助けたこと自体を隠したいわけじゃないんだよね」
「……」
「隠したいのは、どうやって助けたかの方」
鋭い。
玲司は顔に出さないようにしながら、内心で警戒を一段上げた。
「考えすぎだ」
「じゃあ違う?」
「違うって言ったら納得するのか」
「しない」
即答。
玲司は鼻で息を吐いた。
面倒だ。だが、話が通じないわけではない。
「消したら、ほんとにそれで終わる?」
ユラが聞く。
「終わらせろ」
「玲司は?」
「俺も終わらせる」
「無理でしょ」
断定だった。
「わたし、あの時の顔覚えてるよ」
玲司の喉がわずかに詰まる。
「助けたあとじゃなくて、その前の顔。落ちるって分かってた顔してた」
そこまで見られていたのかと、少し遅れて寒気が来る。
ユラは続ける。
「怖かったけど、でも嫌な怖さじゃなかった」
「……意味が分からない」
「こっちだって分かってないよ。だから気になるの」
玲司は真正面からユラを見た。
「だったら、なおさら関わるな」
今度は、はっきり言った。
「朝比奈。お前が何を気にしてようが、好奇心だろうが借りだろうが関係ない。昨日の件は忘れろ。動画は消せ。今後、俺に近づくな」
ユラは黙る。
「関わると面倒に巻き込まれる」
「玲司の?」
「もっと悪い」
「何それ」
「言えない」
「またそれだ」
「言えないから言ってる」
短く切る。
「お前が思ってるより、ずっと面倒だ」
しばらく、風の音だけが通った。
やがてユラは小さく息を吐く。
「……分かった」
玲司の眉がわずかに動く。
「ほんとかよ」
「疑い深いなあ」
「お前が軽いからだ」
「軽いけど、バカじゃないよ」
ユラはそう言って、スマホの画面を開いた。
昨日の動画。
削除確認の表示。
玲司はそれを見た。
だが次の瞬間、ユラの指は削除ボタンの上で止まった。
「でも」
静かな声だった。
「これ、消さない」
玲司の表情が止まる。
ユラは顔を上げた。
さっきまでの軽さが、今だけ薄い。
「表には出さない。誰にも見せない。けど、消さない」




