表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
学校ではモブの俺、裏ではダンジョン救助組織の司令塔 ――《痕跡鑑定》で事故も隠蔽も見抜いてやり直す  作者: 玖城イサ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
108/111

第108話 助けながら暴く

 


 両方を取る時に必要なのは、気合いじゃない。

 手放す場所を間違えないことだ。


「ログ、抜きます」


 カナデの声が静かに落ちる。

 保守通路の先、旧式制御盤にはまだ削除命令が通り切っていない。

 残る時間は短い。

 だがゼロじゃない。


「必要な核だけでいい」

 玲司は言う。

「搬入番号、補助設備の起動履歴、削除命令の発信元。そこだけ抜け」


「ええ」


 キー入力の音。

 小さい。

 でも速い。


 その間に、レナは中央区画の最後の詰まりを切っていた。

 崩落でずれた資材箱を肩で押し返し、動けない生徒を一人ずつ細道へ流していく。


「止まるな! 順に出ろ!」

「振り返るな、前だけ見ろ!」


 男前というより、今はただ強い。

 それで十分だった。


 玲司は全体を見ていた。

 崩れた岩棚。

 粉塵の流れ。

 次に落ちる石。

 人が集まりすぎる場所。


「レナ、左寄りすぎるな。二歩戻れ」

「了解!」


 指示は短い。

 理由は言わない。

 その時間が惜しい。


 ユラは少し離れた位置から、必要な絵だけを押さえていた。

 泣いている生徒の顔は撮らない。

 代わりに、担架を持ったまま負傷者を見捨てて深部へ入る外部協力スタッフ。

 崩落直後なのに、保守通路の制御盤へ真っ先に手を伸ばす手袋。

 そして、削除開始の警告灯。


「玲司」

 ユラの声が低い。

「逃げにくいの、かなり撮れた」

「しかも一人、制御盤の前で名札映った」


「上出来だ」


『先輩』

 ミオが割り込む。

『削除命令の発信元、実習運営側端末です』

『現場端末じゃありません。上から来てます』


 玲司の目が細くなる。

 現場判断の暴走ではない。

 運営側と繋がっている。


「記録残せるか」


『残します』

 ミオは静かに言った。

『命令時刻も、関連閲覧も押さえます』


 保守通路の奥で、金属の擦れる音がした。

 証拠隠滅部隊の一人が、ようやくカナデの存在に気づいたらしい。


「おい、そこは立入禁止だ!」


 怒鳴り声。

 だが玲司には、その声の奥に焦りが見えた。


「カナデ、離脱準備」

「あと何秒だ」


「十五」

 即答。

「あと少し」


 その十五秒を買うために、玲司は一歩だけ位置を変えた。

 前に出るのは、本当にこれしかない時だけ。


 保守通路の手前に残っていた補助支柱。

 そこへ細い亀裂が一本走っている。

 今落とせば、完全崩落にはならない。

 だが通路だけを一瞬塞げる。


「ユラ、今の角度を切れ」

「レナ、その場から動くな」


「了解」

「分かった!」


 玲司は床の脈を読んだ。

 支柱の重さ。

 石の乗り方。

 踏む位置。


 一歩。

 二歩。

 靴底で浮いた石片を弾く。


 支柱が斜めにずれ、保守通路の入口へ小さく崩れた。


「くそっ!」


 中の男が足を止める。

 完全封鎖じゃない。

 でも十五秒なら十分だった。


「抜けたわ」

 カナデの声。

「必要な分は持った」


「下がれ」


 カナデがすぐ戻る。

 追ってきた男が岩を越えようとした瞬間、レナが前へ出た。


「あんたら、救助班だろ」

 低い声だった。

「なら先にそっちやれよ」


 男は言葉に詰まる。

 正論に詰まったんじゃない。

 図星に詰まった顔だった。


 その一瞬で十分だった。

 レナは殴らない。

 必要な時だけだ。

 今は前を止めるだけでいい。


 中央区画では最後の負傷者が運び出される。

 教師たちもようやく流れを整え始め、現場は最悪の混乱から一段抜けた。


「生徒側、ほぼ抜けました」

 ミオの報告。


「保守通路側の核も確保済み」

 カナデが続く。


「映像押さえた」

 ユラも言う。

「向こうの“迅速な救助”が嘘になるやつ」


 レナが肩で息をしながら笑う。


「欲張ったわりに、ちゃんと両方取れたな」


「現場の根性に任せなかったからだ」

 カナデが返す。


 玲司は短く息を吐いた。

 まだ終わってはいない。

 だがTRACEの軸は、初めて実地で折れなかった。


 撤収の流れに合わせて、玲司たちも一般生徒の列へ戻る。

 学校では他人のふり。

 現場でも、必要以上には繋がらない。


 中層区画を出て、前哨基地へ戻った時だった。


 救急車の音。

 教師たちの怒鳴り声。

 安堵した生徒の泣き声。

 その全部に混じって、広報用の拡声器が早すぎる声を流し始める。


「外部協力各社の迅速な対応により——」


 玲司は足を止めた。


 早い。

 収束確認すら終わっていないのに、もう言葉だけが整い始めている。


 モニタ前では、外部協力スタッフの代表らしき男がヘルメットを脱ぎ、疲れた顔を作っていた。

 さっきまで深部で記録を焼こうとしていた側の人間だ。


 ユラが小さく呟く。


「うわ、もう来た」


 カナデは封筒の中の記録媒体を指先で押さえた。

 ミオの回線はまだ生きている。

 レナは露骨に睨みそうになって、ぎりぎりで視線を外す。


 玲司は正面のモニタを見た。


 多くの生徒は助かった。

 証拠の核も残った。

 それでも、表に出る最初の言葉は向こうが取るつもりでいる。


 事故のあとに形が決まる。

 ユラの言った通りだ。


 拡声器の声はなおも続く。


「安全管理体制の強化と、適切な現場判断によって、被害は最小限に抑えられました」

「本実習における初動対応の中心は、外部協力各社の——」


 玲司はわずかに目を細めた。


 助けたかどうかと、英雄になるかどうかは同じじゃない。


 そして今。

 救った手より先に、英雄の名前だけが上書きされようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ