第109話 英雄は誰だったのか
現場が終わったあとに一番早く動くのは、だいたい救助班じゃない。
言葉だ。
前哨基地の仮設モニタでは、さっきまで崩落の速報を流していた画面が、もう「安全確保後の対応」へ切り替わっていた。
救護テント。
搬送の列。
誘導灯。
切り取られた映像は、どれも外部協力側の手つきだけを綺麗に見せている。
玲司は離れた位置でそれを見ていた。
黒峰の腕章が一度だけ映る。
救助用ヘルメットを外し、疲れた顔を作る男。
さっきまで深部で記録を消そうとしていた連中の顔が、そのまま“現場を支えた側”として並ぶ。
「はや」
ユラが小さく呟いた。
「まだ埃の匂いしてるのに、もう物語できてる」
「向こうは、そのために来てる」
玲司は短く言う。
「助けるためじゃなく、形を取るために」
レナが舌打ちした。
「反吐が出るな」
その声は小さい。
周囲の生徒に聞こえる距離じゃない。
それでも怒りは隠し切れていなかった。
仮設モニタの前では、助けられた生徒の何人かが泣きながら頭を下げていた。
相手が誰に見えているかなんて、今はどうでもいい顔だった。
助かったこと自体が先に来る。
それは当然だ。
当然だからこそ、奪われやすい。
玲司は目を細めた。
助かった直後の人間は、順番まで正確に覚えていない。
誰が最初に叫んだか。
誰が通路を開けたか。
誰が自分の肩を押したか。
そういう細部は、恐怖と安堵の間で簡単に滲む。
その滲んだところへ、先に整った言葉が入る。
外部協力各社の迅速な対応。
黒峰支援クランの初動判断。
適切な安全管理。
綺麗な言葉だった。
綺麗すぎて、現場の埃が似合わない。
「玲司先輩」
ミオの声がイヤホンに落ちる。
「今、学内速報も更新されました」
「見出し、もう出てます」
「読まなくていい」
玲司は言った。
「だいたい分かる」
けれどミオは少しだけ黙ってから、静かに続けた。
「……“黒峰側の迅速な危機対応により、被害は最小限に抑えられた”です」
玲司は何も返さなかった。
言葉にされると、やはり少しだけ腹の奥が冷える。
助かった現場が、もう別の形に並べ替えられている。
その時、教師の一人が生徒たちへ向けて声を張った。
「落ち着いて聞け! 本日の実習はここで終了する。負傷者の確認後、学年ごとに順次解散だ」
「救助対応にあたった外部協力の方々にも感謝を——」
そこまで言いかけたところで、レナが一歩だけ前へ出かけた。
玲司は袖を軽く引いた。
「先輩」
レナの目が向く。
強い目だった。
今にも噛みつきそうな目だ。
「ここじゃない」
「……分かってる」
短い返事。
だが、分かっているだけで飲み込める怒りでもない。
そのまま学年ごとの待機列に戻され、玲司たちはまた生徒の顔へ戻る。
学校では他人のふり。
現場でも必要以上には繋がらない。
その鉄則が、こういう時ほど苛立たしい。
前の列では、助けられた男子が震える声で友人に言っていた。
「でも、ほんと助かったよな……」
「外の人ら、すげえ早かった」
その言葉に、隣の女子が首をかしげる。
「いや、もっと先に誰かいた気しない?」
「細道の方で、なんか……」
「パニックだったし、分かんないって」
それで会話が終わる。
分からない。
覚えていない。
だから、後から入ってくる説明の方が強い。
玲司はその断片を聞きながら、列の先を見た。
黒峰側の代表が、学院幹部と握手している。
カメラも寄っている。
もう十分だった。
「……先輩」
今度はカナデの声だ。
「怒るのは後でいいわ」
「今は、何を持っているかを先に数えましょう」
「映像」
ユラがすぐ返した。
「担架持ってるくせに負傷者見捨てたやつ、押さえてる」
「あと、制御盤前の名札も」
「ログもある」
ミオが続く。
「削除命令の発信元と時刻、まだ残せてます」
「なら足りる」
玲司は言った。
「今すぐじゃなくても、奪い返せる」
レナだけが、少し遅れて息を吐いた。
「……ほんと、こういう時だけ冷静だな」
「冷静じゃない」
玲司は前を見たまま答える。
「でも、向こうはこっちが怒る前提で動いてる」
「だから順番だけは渡さない」
その時、仮設モニタの映像が切り替わった。
救助用担架を運ぶ外部協力スタッフ。
誘導する教員。
背景で慌ただしく走る影。
そこに、玲司は一瞬だけ見覚えのある角度を見つけた。
細道の入口。
本来なら、もっと前の流れが映っているはずの位置だ。
でも、ない。
「……玲司」
ユラの声が少し低くなる。
「これ、切ってる」
玲司は視線だけで聞き返した。
ユラはモニタを見たまま、ほとんど口を動かさずに言う。
「画角が変じゃない」
「変なのは、切り方」
モニタの中では、黒峰側が担架を持ち直す場面から始まり、その前後だけが綺麗に繋がっていた。
あまりにも綺麗だった。
本当に偶然なら、もっと汚く揺れる。
もっと迷う。
もっと、現場の順番が残る。
「拾われてるね」
ユラが言う。
「向こう、最初から“出す映像”まで作ってる」
玲司はモニタを見つめた。
英雄は、現場で決まるわけじゃない。
見せる順番で決まる。
そして今、その順番を握っているのは向こうだった。
バスへの移動が始まる。
騒がしさに紛れて、ユラが最後に一言だけ落とした。
「でもさ」
「切った映像って、切る前があるんだよね」
玲司はその言葉だけで、少しだけ目を細めた。
ユラがこういう声を出す時は、だいたい何か見つけている時だ。




