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学校ではモブの俺、裏ではダンジョン救助組織の司令塔 ――《痕跡鑑定》で事故も隠蔽も見抜いてやり直す  作者: 玖城イサ


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101/109

第101話 生存優先か証拠優先か

 


 答えが出ない会議は、だいたい問いの方が本物だ。


 準備室の机には、中層実習の最終配置図が広がっていた。

 待機列はさらに寄せられ、資材箱の仮置き位置も一段悪くなっている。

 向こうは迷っていない。

 事故を作れる形へ、最後まで寄せてくるつもりだ。


 だからこそ、こちらも曖昧なままではいられなかった。


「決めるなら今だ」


 最初に切ったのはレナだった。

 壁際から離れ、危険位置を指先で叩く。


「崩れた瞬間、迷ったら終わる」

「証拠がどうとか言ってる間に、人が詰まる」

「あたしは先に抜く。そこは曲げない」


 ぶっきらぼうだ。

 でも、そのぶっきらぼうさは救助班の芯でもあった。


「それで今回だけ助けて終わるなら、また同じ配置が来るわ」


 カナデが間を置かずに返す。

 声量は同じ。

 それでも言葉だけが冷たく研がれていた。


「向こうは未遂を失敗だと思っていない」

「今回も“事故にならなかった”で流せば、次はもっと見えにくい形で来る」


「分かってる」

 レナが言う。

「でも今いるやつを後回しにしてまで拾う証拠に、何の意味がある」


「後回しにしろとは言っていないわ」


「現場じゃ同じだろ」


 そこで空気が固くなった。


 玲司はまだ口を挟まない。

 二人の声を、図の上へ落ちるまま聞いていた。


 レナは前にいる人間だ。

 崩れた瞬間に走る。

 その数秒で死ぬかどうかが決まる場面を、たぶん誰より嫌っている。


 カナデは残る側を見る。

 今回だけではなく、次も、その次も含めて止める構造を考える。

 未遂で流された案件が、どれだけ次を呼ぶかも知っている。


 どちらも正しい。

 だから厄介だった。


「いや、でもさ」


 ユラが机の端に腰をかけたまま言う。

 調子だけなら軽い。

 でも顔は笑っていない。


「両方正しい時って、片方だけ選ぶとだいたいろくなことにならないよね」


「便利なまとめ方ね」

 カナデが言う。


「便利じゃないよ。最悪って言ってる」

 ユラは肩をすくめた。

「救助だけなら“いい話”で終わる。証拠だけなら目の前の人が死ぬ」

「だから玲司が止まってるんでしょ」


 レナが低く息を吐く。


「止まるなって言ってんだよ、あたしは」


「分かってる」

 ユラは言った。

「でもレナ先輩、今の言い方だと“現場の証拠は全部捨てていい”にも聞こえる」


「そこまで言ってねえ」


「じゃあどこまで?」


 レナが一瞬だけ黙る。


 そこへミオが小さく入った。


「……順番、だと思います」


 全員の視線がミオへ向く。

 ミオは端末を抱えたまま続けた。


「何を先に切るか、の話で」

「救助も証拠も要るのは、みんな分かってます」

「でも同時に崩れた時、最初にどっちを手放さないかを決めないと……現場で止まります」


 静かな声だった。

 でも、一番深いところを突いていた。


 カナデが腕を組む。


「私は証拠を優先しろと言いたいわけじゃない」

「ただ、“今だけ助かればいい”で終わる組織にはしたくないの」


「誰もそんなこと言ってねえよ」

 レナが返す。

「でも目の前で潰れそうなやつを見ながら、後のためって言い訳はしたくない」


 玲司はそこでようやく口を開いた。


「言い訳にする気はない」


 短く落ちた声に、全員が静まる。


「ただ、今回は両方狙う」

「その前提で組んでる」


「だから、その両方が噛み合わなかった時の話をしてるのよ」

 カナデが言う。


「分かってる」


「なら答えて」


 カナデの視線はまっすぐだった。

 責めるというより、逃がさない視線。


「あなたが最初に切るのは、どっちなの」


 準備室の空調が低く鳴る。

 机の上の紙が、誰も触っていないのにわずかに揺れた。


 玲司は図の危険箇所を見る。

 待機列。

 資材箱。

 補助導線。

 崩れた瞬間、人が詰まる線。


 前の時間軸で見た光景が重なる。

 届かなかった手。

 間に合わなかった順番。

 助けるより先に記録端末を抱えて下がった黒峰の背中。


 今でもあの背中は嫌いだった。

 だが嫌いだからといって、選び方を間違えれば同じになる。


「……今日は結論を急がない」


 そう言うと、レナが眉を上げた。


「まだ引っ張るのか」


「引っ張ってるんじゃない」

 玲司は答えた。

「雑に決めたくないだけだ」


 カナデは否定しなかった。

 ただ目だけが厳しい。


「猶予は長くないわ」


「分かってる」


 そこで会議は一度切れた。

 答えが出たからじゃない。

 これ以上同じ場所で押し合っても、言葉の形だけが固くなると全員が分かったからだ。


 レナは先に部屋を出る。

 カナデは資料をまとめながら無言で続く。

 ミオも端末を閉じ、椅子を静かに戻した。


 最後にユラだけが扉のところで振り返る。


「玲司」


「何だ」


「たぶんこれ、理想論で答えると失敗するよ」


 それだけ言って出ていった。


 残ったのは図と、揺れないはずの沈黙だった。


 生存優先か。

 証拠優先か。


 どちらも必要だ。

 だから先に言葉へしてしまうと、片方が薄くなる。

 その怖さがまだ、喉の奥に残っていた。

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